世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2297
世界経済評論IMPACT No.2297

米中新冷戦の焦点は「台湾」:米国は「台湾代表処」の名称変更を承認するのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.09.27

 米『フィナンシャル・タイムズ』紙は「台湾の在米事務所の名称変更の提案をめぐって,ワシントンは北京の怒りのリスクを冒す(Washington risks Beijing ire over proposal to rename Taiwan’s US office)」(2021年9月11日付)を題とする記事を掲載した。

 ワシントンに設立されていた「台北経済文化代表処」(TECRO)の名称を「台湾代表処」(Taiwan Representative Office)に変更する案を,バイデン政権は許可の方向に動いているという内容であり,北京の怒りを惹起する可能性が高い。同記事によると,国家安全保障会議のインド太平洋調整官兼大統領副補佐官(国家安全保障担当)のカート・キャンベルは名称変更を承認した。この要請は国家安全保障会議と国務省アジア当局の中でも幅広い支持を得た。最終的にはジョー・バイデン大統領が承認する必要があるという。

 2020年12月,トランプ政権時に78名の共和党国会議員は,当時のポンペオ国務長官に,現在の台湾政府がアメリカで設置した政府代表部署の「台北経済文化代表処」を「台湾代表処」に,名称変更することを認めるよう要求した。その主な理由は,アメリカと台湾の関係に関する法令の名称は「台湾関係法」(Taiwan Relations Act: TRA)で,「台北関係法」ではない。なぜ「台北経済文化事務所」なのか。また,台湾でのアメリカ政府代表部署の名称は「米国在台協会(American Institute in Taiwan, AIT,中国語:美國在台協会)」であり,「米国在台北協会(American Institute in Taipei)」でないことである。共和党国会議員は「この実態に鑑みれば,台湾側からの名称変更の要求は当然である」と主張した。

 中国は数十年来,国際間で「一つの中国」の原則を使って,台湾を自国の領土として“囲み”してきた。アメリカが名称変更に同意した場合,これをあっさりと受け入れることはないだろう。9月10日にバイデン大統領と習近平国家主席が電話会談したが,翌日の『フィナンシャル・タイムズ』紙には上述の台湾代表処の名称変更の記事が掲載された。他方,他の国際メディアは,アフガニスタンからの撤退からよる失点から声望の回復を望むバイデン政権は,対中国では北京側に強い姿勢を示し,習近平との電話会談は「前もって挨拶し」,後で行動(名称変更)をする可能性があると指摘した。

 そもそも「台北経済文化代表処」の名称は当時の国民党の蒋介石と蒋経国政権が「反攻大陸」(中国に攻めて政権奪還)や中華民国は全中国を含むと考えたため,「台湾」という名称は自らの立ち位置に制限をかけることになると考えたらしい。逆に「台北」という名称にした場合,台北は中華民国の臨時首都(憲法の上,首都は南京と明記)で「中華民国」を代表することができるという単純な理由があったようだ。しかし,現在の国内外の環境は大きく変化した。台湾は李登輝政権の誕生とそれに続く民進党政権の誕生以降,民主化国家へと大きく邁進するようになった。

 前に述した「台湾関係法」のほかに,2021年5月に米下院で「台湾外交検討法」と7月に米下院で「米国グローバル・リーダーシップおよび関与保障法案」(Ensuring American Global Leadership and Engagement Act:EAGLE=イーグル法)に提案されたが,これらはアメリカにおける台湾の地位改善の代表的なものであり,法規の条文には台湾代表処の名称変更を論じている。これがアメリカの上院と下院で可決され,バイデン大統領もこれらの趨勢に対応することになる。これらの背景には1950年代以降の米ソ対立の冷戦期に,アメリカは中国を自らの陣営に引っ張るため,中国と国交を締結し,台湾の利益を犠牲にした(米台国交断絶)ことがある。現在,ソ連は崩壊し,アメリカに挑戦する国は中国となった。過去において犠牲にされた台湾の地位向上を図るようになった。

 事実上,台湾問題に関する議題がアメリカの国会で提起されると,共和党,民主党を問わずに,台湾を支持する姿勢が見られるようになった。2020年のアメリカ大統領選挙時,バイデンは僅差でトランプに勝利した。「台湾支持」という「台湾カード」を掌中に入れ,この時代の趨勢に遅れると,次回の大統領選挙では減点の対象になる。特に,アフガニスタン撤退時の“失点”を取り戻すのは,西太平洋での安全と秩序の維持が不可欠であることから,米中新冷戦の焦点は「台湾」となるのである。

 今までの趨勢から見ると,バイデン政権は「台湾代表処」の名称変更を承認すると見ている。しかし,中国から大きな抗議を受けるだろう。在ワシントンの中国大使館は米台政府間の交流に断固反対し,「台湾独立」の勢力に対して誤った情報を発信し,中国のレッドラインに挑戦しないよう警告した。また,中国の「戦狼外交」で著名な『環球時報』の胡錫進編集長は,名称変更を承認した場合,「地動山揺(大地が揺れ動く)」が発生するだろうと恫喝する。今年7月,台湾は「リトアニア駐在台湾代表処」を開設し,中国を激怒させた。中国駐在のビリニュス大使を呼び出して強く抗議し,リトアニア駐在の中国大使の帰国を命じた。恐らく中国が指す「地動山揺」とは,中国大使の帰国命令であろう。

 9月10日,アメリカ国務省主席副スポークスマンのジャリナ・ポーター(Jalina Porter)は記者会見で,メディアから「台湾代表処」の名称変更を考慮したのかを聞かれた時,正面から回答はしなかったが,アメリカの台湾に対する支持は,盤石のように堅固でしっかりしていてびくともしなく,アメリカは依然としては台湾との関係を努力して維持していると語った。また,台湾はアメリカが優先的に支持する民主化政権であり,経済と安全の重要なパートナーであると述べた。

 『フィナンシャル・タイムズ』紙の報道に対し,駐アメリカ台北経済文化代表処も,同じように正面からの回答は避けたものの,近年の台米関係の良好な発展は誰から見ても分かると答えた。また,台湾政府は現実的で,実りのある態度を持続し,互いの信頼,互いの恩恵および互いの利益を追求する原則で,アメリカ側との密接的な交流を保ちながら,様々な領域での台米協力のパートナー関係を深めていきたいと答えた。

 鄧小平の在任中に決められた総書記や国家主席の任期は一期5年であり,最も長くても二期10年で次の指導者にバトンを渡さなければならない。習近平が現在のポストを無期限に連任(終身国家主席と共産党総書記)する場合,その理由付けが必要である。すなわち,習近平がこれらのポストを永遠(終身)に担当する場合,現在の中国の国民や共産党員にこれらを認めさせる必要がある。それは単に汚職官僚の摘発,大企業家の寄付金要請,芸能人の脱税などの理由による摘発や「反娘炮」(オネエ反対)や香港の「一国2制度」の取り消しなどの理由だけでは物足りないのである。要するに,習近平の功績は毛沢東や鄧小平に比べて遜色ないか,それ以上の功績があることを証明する必要がある。このロジックから考えると,「台湾カード」は習近平が考慮する課題になり,「台湾侵攻」はその中で重要なアイテムになった。

 なぜ日米欧などのシンクタンク,政治家やメディアは,2022年~2027年に中国の台湾に対する武力行使による台湾海峡危機が高まると相次いで提起するのか。主な理由は2022年に習近平が再選された後に台湾に対する武力行使が提起されるとするものである。台湾有事に備えて,近年に日米諸国との共同軍事演習が相次いで行われた理由の1つとなっている。

 前アメリカ国防長官補佐の外交特別補佐官チャック・デボア(Chuck De Vore)によると,習近平は「台湾統一」を次の継承者に残すことはないと考えている。しかし,中国が台湾を侵攻した場合,「中国共産党の滅亡」に直面すると,デボアは強く警告している。中国が台湾海峡に侵攻した場合,同時に中国はミサイルでグアム,沖縄と日本本土(米軍基地を含む)を攻撃する。さらに,アメリカの重要インフラ施設に対し,サイバー攻撃を仕掛け,台湾を援助する諸国の軍事能力を破壊し,ライバル(日米欧諸国)の士気を低減させ,進んで平和を訴えて,中国が世界での主導権を握ることになる。しかし,中国が台湾を侵攻した場合,中国に征服されると憂慮する国々が国際連盟を組織して習近平政権を倒すと,デボアは指摘した。

 最後に,バイデン大統領が「台湾代表処」の名称変更を認めたあと,世界各国に設けられた「台北経済文化代表処」から「台湾代表処」への名称変更が,ドミノ現象のように次々と動くだろう。いまの時期から日本政府も同じく深く考慮し,その対応の準備を行った方が賢明だろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2297.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム