世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2141
世界経済評論IMPACT No.2141

米中戦争の中での世界的な半導体不足とアメリカの動き

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2021.05.10

半導体不足

 昨年トランプが中国の半導体産業に経済制裁をかけてから,世界の半導体市場が混乱してきている。今年日本のルネサスエレクトロニクスの那珂工場と旭化成の工場が火事になったことにより,自動車産業に必要な半導体が不足し,自動車が計画通り生産できなくなり,4月から7月で世界の自動車の生産が240万台減ると言われている。これにはアメリカ・テキサスでのこの冬の寒波で,オランダのNXP,ドイツのインフィニオンの半導体工場がストップしたことも影響している。また台湾のTSMCの工場の火災や台湾の20年ぶりの渇水などで,世界的に半導体生産キャパシティの取り合いが起きている。そしてアメリカの中国半導体への経済制裁がこの混乱に拍車をかけている。今のところアップルなどのスマホ用の半導体が不足している様子はないが,自動車用の半導体が不足している。日本の自動車産業は「かんばん方式」で生産しているために部品の在庫を最低にしてきたことも半導体不足を深刻な問題にしている。

アメリカの動き

 こうした中で,アメリカのバイデン米大統領は,台湾に依存している半導体製造を減らし,アメリカでの半導体製造の「自給率」を高めようと,2021年1月に「国防権限法」の一部として「CHIPS法」(Chips for America Act)を制定した。1プロジェクト当たり最大30億ドル(約3200憶円)の補助金を出すとしている。インテルは自分で2.2兆円を投じてアリゾナのチャンドラーに製造工場を建設することを発表した。そしてインテルは「垂直一貫」での自社製品マイクロプロセッサーだけの製造ではなく,「受託半導体製造ビジネス」をする決定をした。台湾のTSMCに対抗するためである。TSMCは受託半導体製造で世界の56%のシェアーを持つ企業で,微細加工最先端の5ナノ(半導体線幅,ナノは10億分の1メーター)製品で独占しており,今3ナノ,2ナノの工場も建設中である。

 更にバイデンは4月8日,「国家安全保障」の懸念から規制する「エンティティ・リスト」に,スーパー・コンピュータ開発に携わる「天津飛騰新息技術」などの中国の7企業・団体を加えると発表した。これらの企業が中国の「極超音速兵器」などのハイテク兵器の開発に関与したと判断した。この製造に台湾のTSMCが関与していたようだ。台湾の企業KY社を通じてTSMCが半導体を中国の「天津飛騰新息技術」などに供給しているのではと言われている。

 そして4月13日に,バイデンは半導体産業関連企業のメンバーを集めて打ち合わせをし,「半導体のサプライチェーンを見直し,アメリカが再び世界の半導体を主導する」と宣言し,国内投資として5000憶ドル(約5兆5000億円)を補助すると発表した。これによりアメリカの現在の半導体製造の自給率12%のレベルを33%に引き上げるとしている。半導体製造に関しては台湾のTSMCと韓国サムスンが世界全体の70%占めている。これはアメリカにとって大変危険なことである。もしTSMCを中国共産党が支配することにでもなれば大変なことになるとみて,アメリカの半導体製造自給率を至急引き上げることに決定した。つまりアメリカは「TSMCは中国共産党との関係を切ることができない」と観ているのである。

 その証拠の一つは,アメリカのトランプが2020年12月に中国のHuawei(ファーウェイ)の競争力をそぐために台湾のTSMCが中国のHuaweiや海思半導体(ハイシリコン)の半導体を製造することを禁ずる処置をしたが,実際にはHuaweiには半導体が入っているようである。TSMCが台湾の別の会社を通じて半導体をHuaweiに供給しているとアメリカは思っている。今度の自動車の半導体不足は,中国とTSMCのおかしな動きにより起こっているのではないかとアメリカは疑っている。

 バイデンの主催したこの会議の結果,インテルは自動車用の半導体生産を半年以内に立ち上げるとコミットし,GMもその工場の一部を半導体メーカーに提供して,協同体制をとると言った。

 EUも先端半導体の「製造能力」を拡大するために200億ドルぐらいを投資しようとして欧州委員会で打ち合わせている。

 最近アメリカ議会は,「AI米国安全保障委員会」(NSCAI)を立ち上げ,アメリカの戦略を明らかにした。これからの中国共産党との対決はAI(人工知能)技術をめぐるものになり,この分野で進んでいる中国を抑え込まなければならないとしている。これからの戦争は大砲やミサイルではなく,AI技術,半導体技術の戦争になるとアメリカは明言している。中国はすでにAIでウイグル民族を監視し支配しているし,中国はAIでアメリカを侵略しようとして来た。それは今回のアメリカ大統領選挙で明らかになった。AIは兵器にもなり,実際に「敵国」はAIで他国の一般民間人の意識を操っているし,他国の選挙投票システムをAIで操作して民主主義を壊していると言っている。AI技術の構築に台湾の半導体に依存することを止めるということである。そこでアメリカは同盟国と手を組みAI技術を開発すると言っている。

 アメリカと中国の間には「インセンティブ・ギャップ」があると言う。つまり,中国などの国は半導体企業に膨大な「補助金」を出して,安い価格で半導体製品を売らせているので,アメリカも半導体企業にそれに対抗するような「補助金」を出す必要があると言っている。

 そしてアメリカは,日本やオランダに半導体製造装置を中国,台湾へ輸出することを禁ずることを求めるかもしれないと言っている。アメリカは「中国のAIを駆使した他国への侵略を止めなければ,アメリカ自身が侵略され,滅びてしまう」として,この半導体の問題は単なる産業の問題ではなく,「国家安全保障」の問題であるとしている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2141.html)

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