世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2048
世界経済評論IMPACT No.2048

米中覇権戦争における3つの側面

池下譲治

(福井県立大学 教授)

2021.02.15

 「中国の躍進」と「新型コロナによる世界の混乱」は,フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』(1992)で唱えた民主主義と自由経済体制の永遠の勝利は幻想だったことを改めて世に知らしめた。ここでは,米中覇権戦争に関して,「軍事」「貿易」「文明」の3つの側面を有するとしたエマニュエル・トッドに倣い,3つの側面から俯瞰してみることとする。

【軍事】

 両国の軍事力に明らかな差がある現時点で,「パワー・トランジション」理論や「トウキディデスの罠」などの文脈から最悪の事態が発生する可能性は低い。一方,注意すべきは,近年,軍事的に中国と接近しているロシアの存在だ。より現実的な問題として懸念されるのは,ロシアは現在,中国の南シナ海での積極的な動きに対して支持していないとはいえ,中国は,ロシアの防衛システムを手にすることで,南シナ海での活動を有利に展開することが可能になるということである。中露両国は歴史上,戦争,不平等条約,人種差別問題等を抱えてきた経緯もあり,これまで,現在の軍事協力が軍事同盟に発展する可能性は低いと見られていたが,米大統領選直前の昨年10月,プーチン大統領が「理論的に十分想像することができる」として中国との軍事同盟の可能性を排除しない考えを示した。

 その意味で,今回,米露が新戦略兵器削減条約(新START)の5年延長で合意に至ったのは意義深い。一方で,ウクライナ情勢や人権問題,サイバー攻撃疑惑などで米露の相互不信が極めて深くなっているのが気掛かりだ。もしも,米国が中国の脅威と本気で向き合うつもりであれば,ロシアとの距離を縮めておく必要がある。それによって中国の潜在軍事力を大きく弱めることが可能になるからだ。ただ,その場合,米国は国家の理念との間でジレンマに陥ることになるかもしれない。

【貿易】

 対中制裁関税が昨年9月,WTO協定(GATT)違反と認定されたこともあり,米国の対中経済制裁の主な手段は「関税」から「規制」に移っている。規制の枠組みと問題点は次の4点に集約される。

 第一に,米国輸出管理改革法(ECRA)によって規制対象となる技術が「中国製造2025」の重点分野とほぼ重なっていることだ。このため,ハイテク分野を中心に世界のサプライチェーンが米中間で分断されるリスクが高まっている。

 第二に,外国投資リスク審査現代化法(FIRMMA)によって対米外国投資委員会(CIFIUS)の権限が拡大強化され,対中制裁の範囲が「貿易」から「直接投資」にも広がっている点だ。日本のLIXILグループがイタリア建材子会社の株式を中国企業に売却しようとした際,CIFIUSの承認が得られなかったのはその影響によるものと見られる。

 第三に,国防権限法(NDAA)889条によって,ファーウェイなど中国企業5社からの「政府調達」および同5社製品を使用する企業と米政府との取引も禁止されたことだ。米政府との取引企業は約39万社に上るが,日本企業も800社を超える。一方,取引禁止の範疇が不明瞭なため,たとえば,取引先の社員がファーウェイのスマホを使用している場合も対象となる可能性があるなど,対応する企業が混乱を招く恐れがある。

 最後に,これらの規制を補完する国際緊急経済権限法(IEEPA)では,「特殊な脅威」に国家がさらされた場合に,政府が国家非常事態を宣言し,経済に関する種々の権限を大統領が一時的に握ることを認めている。これが,トランプ前大統領によるティックトックやウィ―チャットの利用禁止令につながったとされるが,「特殊な脅威」に対する定義などは明記されておらず,恣意的に利用される可能性は否めない。

【文明】

 新型コロナによるパニックは,民主主義が危機的状態に陥っていることの証かもしれないとの指摘がある。トッドは「絶対値による会話分析法」という思考方法を用いて,今次パンデミックでフランス政府が緊急事態宣言を発出した際,ことさら国民に「民主的な形態を遵守すべき」と訴えたのは,実は「民主主義を守るのと反対のことが行われようとしている(から)」との彼一流の分析を披露している。

 ところで,コロナ禍では,私権制限しやすい強権国家の方が対応しやすいとみる向きもあるが実際にはどうか。豪シンクタンク,ローウィー研究所が世界98カ国・地域を対象に,新型コロナへの対応を評価した結果によると,トップはニュージーランド,2位以下はベトナム,台湾,タイ,キプロス,ルワンダと続いている。因みに,日本は45位,米国は66位,最下位はブラジルだった。なお,中国は,検査に関する公開データが入手できなかったため調査対象から除外されている。同研究所によれば,結果を見る限り,「政治体制」の違いはあまり関係なく,むしろ,指導者への市民の信頼や指導者による適切な国家運営などが最も重要だとしている。興味深いのは,民主主義国は初期段階ではひどく混乱したものの,パンデミックの第1波を通じて劇的に改善したことである。同分析からは,民主的な政権の方がさまざまな情報が広く共有されることで,よりよい結果に結びついていることも分かってきた。

 新型コロナでは,米中共に初期対応を誤り「ブラック・エレファント」と化したことや自国第一主義的な政策を採ったことで世界的な感染拡大につながった。世界の秩序や平和の維持には,国際間での情報共有と協同一致が不可欠であることを再認識した今,米中覇権戦争による潜在的な外部不経済の大きさとリスクについても世界は再認識すべきであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2048.html)

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