世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3822
世界経済評論IMPACT No.3822

トランプ関税の真の目的とは:日本は21世紀型の自由貿易体制の構築を目指せ

池下譲治

(ITI 客員研究員・元福井県立大学 教授)

2025.05.05

 「米国に有益」との回答率は0%。これは,去る4月24日(日本時間25日),米中関係全米委員会(NCUSCR)が「トランプ政権の対中政策-最初の100日」と題して開催したオンライン・シンポジウムにおいて,筆者を含む全世界からの参加者数千人に対して行われたアンケートのうち,「トランプによる中国製品への高関税は米国経済に短期的にどう影響すると思うか」との問いに対する回答率だ。因みに,「有害」としたのは93%,「わからない」が7%だった。この数字を見るまでもなく,中国製品への高関税はもはや限界に達していると言ってよいだろう。一方,トランプ1.0において米国安全保障会議の中国担当ディレクターを務めたマシュー・ターピン氏は,重要なのはトランプ政権の世界観とその目的を理解することだとした上で,「トランプ関税の目的は世界貿易システムの再構築にある」との見解を示したが,当にそのとおりだと思う。

 今回の大統領令などから,筆者なりにトランプ政権の問題意識を整理してみた。第一に,現在の国際秩序の枠組みは米国の長期的な利益を損なっている。さらに,1兆ドルを超える貿易赤字が示すように,それは,主要貿易相手国の国内経済政策や世界貿易システムの構造的不均衡によってもたらされたものであり,その結果,製造業の空洞化や重要なサプライチェーンの弱体化,さらには防衛産業基盤を敵対国に依存する事態を招いている。この状況を打破するには,現在のシステムを一旦,リセットする必要がある,ということであろう。

 では,なぜ,世界貿易システムの再構築が必要なのか。第一に,世界貿易機関(WTO)が現実の世界に対応できなくなっていることが挙げられる。WTOの前身である「関税および貿易の一般協定」(GATT)では,互恵主義と最恵国待遇の原則によって,国際貿易交渉において海外市場での関税引き下げを勝ち取るには,各国が自国の関税を引き下げなければならないと認識していたため,自由化の自立的なサイクルができ上がっていた。リチャード・ボールドウィンはこれを「ジャガノート効果」と呼んだ。その一方で,市場が小さく,世界的に重要視されない途上国などは,互恵主義を免れつつ最恵国待遇により先進国の関税引き下げに便乗することができたのである。

 ところが,そのサイクルはもはや自立していない。加盟国が大幅に増えたことによるコンセンサス方式の限界もあるが,より根源的な問題として,貿易の性格が単純だった20世紀型から複雑なサプライチェーンによる21世紀型へと変貌したことがある。このため,これまでの先進国中心から,途上国も含めた新しいルールの構築が求められているのだ。

 ところで,中国はWTOに加盟した際,途上国として認められ,自国で完全な相互削減を行うことなく,世界中で関税削減の利益を享受することが許された。しかし,米通商代表部(USTR)が今年1月に発表した「中国のWTO協定遵守に関する2024年版報告書」によると,WTO加盟後23年が経過した現在も,中国は国家主導の非市場的アプローチを採用しており,WTOの規範と原則に違反している。特に,補助金による非市場的な過剰生産は一向に衰える気配がない。たとえば,中国の鉄鋼余剰生産能力は,米国の総生産量に匹敵するほどだ。このため,欧米などからは,他国の雇用を犠牲にして自国の雇用を維持している,と非難されている。2024年の中国の貿易黒字が過去最大の9,920億ドルを記録したのもこのような政策と決して無縁ではない。

 こうした中,米議会で同1月23日,中国に対する恒久的最恵国待遇(PNTR)を取り消し,関税率を大幅に引き上げるとともに,少額の中国製品の輸入関税を免除するデミニマスルールの廃止を定めた超党派の法案が提出された。可決すれば,非戦略製品には35%,戦略製品には100%の最低関税率を5年間で段階的に適用することが可能となる。

 こうしてみると,トランプ関税の最大のターゲットは中国とみて間違いない。一方,是正に向けて取り組む用意がある国については90日間の猶予を与え,ディールに持ち込むのもトランプ一流の戦術だ。と,ここまでは,ほぼトランプ大統領が描いた筋書き通りだったと思われる。しかし,中国が報復措置を繰り返すのみで,全くディールの誘いに乗ってこないのはさすがに想定外だったに違いない。トランプ政権は今回,相互関税の理由のひとつに合成麻薬「フェンタニル」の密輸を挙げているが,その取り締まりの強化については倫理的に中国も呑みやすい条件のはずだからだ。ここから先は,すべて両首脳の決断次第だが,立ち上がりに躓いたことで,米中間の関係修復にはかなりの時間を要しそうである。

 こうした中,米国は複雑な利害関係が絡む多国間交渉ではなく,まずは,二国間での個別交渉を通じて,サプライチェーンも含めた互恵主義に基づく新たな国際貿易秩序の確立を目指すものと思われる。

日本は多国間主義による21世紀型の自由貿易体制の構築を目指せ

 一方,日本にとってはむしろ多国間主義による自由貿易体制を進化させる好機と捉えるべきだ。EU,ASEANなどと共に,ルールに則った21世紀型の自由貿易体制の構築を進めることが肝要だ。それには,拙稿No2179『人権や環境に配慮した「公正な貿易」への希求』で提起したように,「ソーシャルダンピング」や「環境ダンピング」の概念を,サプライチェーンを含む新たな国際貿易システムの枠組みの中に反映させることが大事になってくる。TPP(正式にはCPTPP)とEUの連携を通じてこうした枠組みを取り入れることも一考に値しよう。

 対中国では,TPP加盟交渉の戦略的な利用を推す意見もあるが,慎重に扱うべきだ。なぜなら,中国はWTO加盟時の約束を果たしていないばかりか,現指導部は第13次5か年計画において,「グローバル経済ガバナンスでの制度化されたディスコースパワー(和語権)を高め幅広い利益共同体を構築する」と公言しているからだ。換言すれば,中国はその経済的パワーを政治的パワーに転換し,国際経済ルールを中国的解釈に書き換えることで覇権国家としての地位を目指す,と解釈できる。そうなれば,TPPが地域的な包括的経済連携協定(RCEP)並みの義務に軽減される恐れや,米国が内向きなことからアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)についても中国主導となる恐れすらある。中国とは政策目標の違いを認識しつつ,付かず離れずの良好な関係を維持し続けるべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3822.html)

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