世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1991
世界経済評論IMPACT No.1991

日本貿易における新型コロナウイルスの履歴効果

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 特任教授)

2020.12.28

 小松左京の短編小説に「夜が明けたら」という作品がある。「明けない夜はない」という慣用句を逆手にとって,絶望的な状況をSFとして著している。小説と同様に,今年初めからの新型コロナウイルス蔓延に対しても,いずれ収束し対人かつレガシーという今までの経済活動が復活すると期待するむきがある。

 しかしコロナ危機の結果は日本経済のみならず,貿易や投資という対外経済政策に関しても,オンライン取引,リモートワークなどの変化をもたらし,それが履歴効果(ヒステリシス)となって昔に戻らないのが常である。安全保障のためにサプライチェーンの一部国産化など提唱されているが,比較優位の利益を無にすることなどを含めて本当に必要なのであろうか。そもそも日本は諸外国に比べ,海外生産比率などあまり対外依存が進んでいなかった。むしろ今回のコロナ危機は履歴効果を通じ,日本が従来の制約を打破する契機となるのではなかろうか。

 「海外事業活動基本調査」によれば,日本の海外生産比率は2000年頃までは低かったが,2015年度に25%(国内全法人ベース)を超えた。しかし円安などの影響もあり,2018年度現在まで26%を超えることはない。また逆輸入額も2018年度で約13.3兆円,総輸入額に占めるシェアも16%程度で概ね2000年以降比率は増加していない。海外生産は現地や域内,第3国向けの生産が目的で国内生産を代替するためではないが,日本の場合は欧米諸国に比べ海外生産が少ない傾向がある。

 ところで今年(2020年)の通商白書では,コロナの経済ショックは供給ショック(サプライチェーンの分断,サービス提供停止),需要ショック(対面サービスの需要減少,自動車など耐久財の需要減少)という二重苦にみまわれているとされている。それは東日本大震災(供給ショック,2011年)とリーマンショック(需要ショック,2008年)が同時に発生したと同じ形態である。さらにそれらに引き続いて所得・雇用ショック(失業や雇い止めなどによる所得減)も生じたとまとめている。また昨年までのインバウンド需要も様変わりで,観光庁による統計では今年は昨年(1~11月合計)の約14%,11月のみでは約2%と壊滅的な減少である。

 貿易面ではジェトロデータによると昨年比で,2020年第1四半期で輸出-4.4%,輸入-6.2%と比較的軽微だが,第2四半期になると輸出-23.7%,輸入-14.1%であって,欧米諸国と比べても特段良いわけではない。内外投資面では今年の「ジェトロ世界貿易投資報告」で,海外投資は1~5月期で前年比-44.5%,対日投資は1~9月期で前年比微増である。

 ビジネスをめぐる環境は着実に変化している。テレワークやオンライン会議増加の証左として,Microsoft Teamsは3月18日のデータで1日に世界で約4400万人利用,ZOOM利用数は4月22日のデータで1日に世界で約3億人利用(以上,今年の「通商白書」より)と報告されている。日本の就活環境も変化している。ベネッセi-キャリアの調査では全企業でWebセミナーが約70%,Web面接が約75%それぞれ実施され,従業員数1000人以上の大企業ではいずれも85%以上となっている。

 このようなテレワーク,オンライン会議,Web就活の現状を見て,履歴効果の概念で解釈すると,良かれ悪しかれ変化した状況は履歴として織り込まれ,昔には戻らないであろう。企業や個人,社会は5G,IT化,ロボット化などを通じそれぞれ大規模投資を実施しており,それが履歴となって履歴効果を発生させている。日本の貿易政策も,履歴を読み込む未来志向が必要であろう。

 従来の貿易,内外投資,外国人労働などの概念が一変する可能性が大いにある。例えば都市化の問題や少子高齢化社会の問題はWeb採用やテレワーク(地域,年齢層,性別の拡大,海外在住外国人も対象に)で今までより容易に解決可能となる。高速通信網の普及やITデジタル化の促進は,例えば海外立地のロボット工場を日本のテレワークで操作するなど無限の可能性がある。

 新型コロナウイルス蔓延は誰にとっても大変な危機であるが,日本はこれを千載一遇ととらえ,周回遅れの国際化を取り戻すことが出来れば幸いである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1991.html)

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