世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1925
世界経済評論IMPACT No.1925

危機管理としての国家観

末永 茂

(エコノミスト  )

2020.10.26

 米中経済摩擦は70~80年代に起こった日米経済摩擦の40年遅れの現象と評する論者もいるが,おそらくこれは貿易政策の調整といったレベルの問題ではないであろう。単なる経済大国の台頭以上の世界経済の構造的転換を孕んだ問題であり,国内的国際的統治原理に関わる重要な世界的課題である。これに対してどのようにコミットするかによって,我が国の国家形態が変質しかねない要素を持っている。

 一つの国家には長い歴史があり,また地理的諸条件などにより,その統治原理が異なってくる。そして,長い時間軸の中でDNAに相当する政治的特性が備わってくる。その観点から大陸中国の政治体制を考えた場合,我々はどのようにそれを措定すべきなのであろうか。最近の論調に中国は急速に経済発展を遂げた結果として,近い将来,老大国に転向せざるを得なくなるのではないか,という説が浮上している。「熱し易いものは,冷めるのも早い」という説なのであろう。この説の客観的指標として,国内経済格差を指摘している。地域間格差と地域内階層格差が相当なものである,との認識である。しかも,この現象は途上国経済からの発展過程で,不断に見られる「未成熟論」としても理解されている。

 確かにそうした面は存在している。しかし,この未成熟から成熟の過程で達成されるべき経済開発に要する資源エネルギーは,膨大なものになる。これを国内的に調達することが出来なければ当然海外に依存しなければならないし,他国の経済発展を抑え込まなければ達成できないことになる。この歴史現象は大国の興亡とか,複合的な不均等発展として論じられてきた現象である。最近の経済学研究の多数の論文が「ゲーム理論」周辺の手法に基づいて行われているから,長期の歴史過程が見えなくなっている。だが,それら調査報告を時間軸で接合すれば,自ずとその長期動態は浮き彫りにされてくる。ジグゾーパズルのワンピースは張り合わせれば全体像に貢献する。この作業過程で分析時のイデオロギー的粉飾も劣化・消滅する。

 中国が如何に経済発展を遂げようと,「アメリカに取って代わって世界をリードすることはないだろう」とする説も多く聞かれる。その根拠として,冒頭で指摘した不均質な国内経済構造を挙げている。だが,中国はそういう国家ではない。欧米型のDNAを持っていない。共産党独裁国家だからという訳ではない。むしろ古典的で階級的な大帝国なのである。欧米は重商主義国家からの脱却や南北戦争を機に奴隷制を克服してきた。その原動力が産業技術と地下資源の近代科学的開発である。

 中国の国家観は欧米型市民社会論とは異なる。古代ギリシャの市民社会もローマ帝国も,いずれも隷属民を基礎においた国家であり,この点では中国国内の経済格差は歴史的に観察すれば,共通したものである。だが,戦後市民社会論が標榜する均等な理想主義は欧米先進国という限定的なフィクションである。中国が今なお「三国志」に絶大なファンを擁しているのは「国共合作や国共内戦」,そして建国に至る歴史的共感が背景にあり,そして何より道教や四書五経の深い教義が人民に根差しているからに他ならない。その意味で,現在の中国は未成熟な国家ではなく,極めて成熟度の高い国家といえる。これは中国数千年の歴史的重みに他ならない。ランダムな階級的社会は「成熟期なしの老大国化論」とは相いれないだろう。現在の香港問題もその一歴史過程に過ぎない。

 中国政治の歴史的課題は治水対策にあったが,環境政策とも絡んで最近の洪水は近代土木工学のレベルを遥かに凌駕する勢いである。大河をコントロールするため,中国は泄洪区と遊水池を重視しているが,それ以上に地球環境の変動が激しく,対策は不十分である。経済的富の利活用が適切に配分されていないのである。また,国益のためには海洋資源や石炭資源の乱開発も厭わない現象も見られる。さらに,他国の森林資源や水源地を巡る根本問題にまで波及している,との指摘もなされているから事態は深刻である。

 使い切れない程に装備されたAI機能の高価格家電製品も問題であるが,粗雑なTQCに見られる製造技術は廃棄物を大量に発生させている。そして,低レベルのTQC管理技術はその根底において社会・国家管理の粗雑さに通ずるところがある。世界的な市場主義の過程にあって,家庭生活の外部化=市場化を目指すGDP至上主義の経済思想は,代行業や虚業の蔓延,密集による効率化とそれ自身が発する弊害を克服できない。市場経済化の罠に陥った人的移動を賛美する産業の行方や,青い鳥症候群の代償を今更ながら見直さなければならないだろう。また,グローバル化とは生産の全要素が,座標軸を失ったように移動を繰り返すことではない。むしろ,物流と海外投資の最適な移動に重点を置くことがグローバル・スタンダードである。時間と空間のバリアを超える社会的AI化や,ネットワーク機能の更なる拡充はそうした世界を構築できる。

 経済分析は枠組みや幾つかの命題・仮説を前提にする。その際,対象とする国家の国家観を子細に検討しておかなければ,導き出される結論は長期間に渡って信頼されるものにはならない。

 危機の本質を自覚しない限り,国家は成立しない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1925.html)

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