世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1902
世界経済評論IMPACT No.1902

日本における21世紀型貿易拡大政策とその頓挫

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 特任教授)

2020.10.05

 貿易に対する日本の政策スタンスは長期的に見ると,1950~60年代は輸出振興,1980年代~2000年は輸入促進,2001年からは対日投資促進・輸出促進,と変化している。日本政府は2002年度より輸入促進措置を減少させて新規産業支援に力を注ぎ始めており,その一環として例えばJETRO(日本貿易振興機構)は2002年11月より対日投資促進本部,2003年2月より輸出促進支援室を設置し,対日投資や輸出促進へ貿易政策のウェイトを移し始めていた。

 しかしながら2003年以降の慢性的な円高とビジネスコストの高さ(人件費,地価・賃貸料,法人税率など)の理由から,対日投資や新たな輸出促進は際立った効果を示せなかった。特に2008年のリーマンショック以降は円ドルレートが一時70円台になるなど,日本の高コスト体質が2000年代初頭に提案された対日投資促進・輸出促進を頓挫させていく。

 こうして21世紀に入ってからの日本の貿易モデルは上述の対日投資促進や輸出促進だけでは無く,もう1セットの柱として①海外生産と逆輸入,②インバウンド需要が存在していた。まず海外生産と逆輸入であるが,バブル崩壊後の円高と国際的なコスト競争強化に対する対策から,海外投資増加=海外生産増加,その結果としての逆輸入増加の戦略が一般化されていた。

 一般的に海外生産の貿易に対する影響は,(1)輸出代替効果:海外生産による供給が輸出を代替する,(2)逆輸入効果:海外生産品が日本で輸入される,(3)輸入転換効果:海外生産拡大により国内生産が縮小しそのため原材料輸入が減少,(4)輸出誘発効果:海外生産のため日本製の資本財や中間財輸出が増大する,の4者に分類される。このうち輸出に対しては(4)がプラス作用となり,(1)がマイナス作用となる。他方,輸入に対しては(2)がプラス作用であり,(3)がマイナス作用である。

 2018年度はアジア,北米,欧州の3地域合計で輸出誘発が約18.3兆円,逆輸入が約13.3兆円と推計されている。いわば海外生産は輸出誘発と逆輸入を通じて日本の貿易拡大に大いに寄与してきた。さらに海外生産は貿易拡大に止まらず,輸出誘発で全体の約6割,逆輸入で全体の約9割がアジアである。また,北米では現地生産の1.8%,欧州では4.1%に対し,アジアの現地生産の15.3%が日本向けである。このことから,アジアに進出した企業の海外生産は逆輸入を通じて日本の生産コスト削減に貢献し,国際競争力強化に寄与していたと推測される。

 しかし2020年初頭からの新型コロナウイルス危機は世界的なパンデミックとなり,国際的なヒト・モノ・カネの移動に大きな制限をかけることになる。2020年前半の統計でも,1~5月期の日本の財輸出(国際収支ベース)は前年同期比11.9%減の2,510億ドル,財輸入が同10.3%減の2,605億ドルで,財貿易収支では約96億ドルの赤字となった。

 また,安倍政権の日本再興戦略の中で,観光立国推進は重要な柱の1つとされていた。いわゆるビザ発給緩和などを含む訪日外国人の増加による,インバウンド需要拡大戦略である。訪日外国人は2013年で約1000万人,外国人旅行消費額は1.4兆円であったが,2019年には約3000万人,約4.8兆円と,それぞれ3倍,3.4倍となっている。

 いわば順調に増加していったが2020年からの新型コロナウイルス危機による出入国制限などにより,2020年1〜3月期は訪日外国人380万人,外国人旅行消費額7071億円と速報され,2020年4~6月期は新型コロナウイルス感染症の影響により調査集計を中止している。新型コロナウイルス危機が比較的軽微であった2020年1〜3月期ですら従来より大幅に減少しており,その後の世界的蔓延を考えると,2013年の1000万人,1.4兆円にすら届かないと推察される。現段階では今年のインバウンド需要の落ち込みがどれほどのものか想定できない。

 新型コロナウイルスに対する対応として,企業ではテレワーク,大学など教育機関ではオンライン授業など,IT化やデジタル化が急速に進展しつつある。それに伴う情報通信機器やシステム構築などある程度ハード的な需要が見込めようとも,それは固定設備として一時的なものに過ぎない。社会システムの変革やそれを支える継起的なソフト開発が,新たな発展モデルの構築に貢献するであろう。それがどのようなものかは現在進行中である。

 ところで日本には「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざがあり,コロナ治療薬やワクチンの開発が進めば,withコロナ,コロナと経済の両立の名の元に,旧来型社会システム(ヒト・モノ・カネのグローバル化)の復活が歓迎されるかもしれない。事実教育現場では,小中高に続いて大学でも限定的ながら対面授業が開始されつつある。コロナ危機を契機として,社会経済システムを変革するIT化やデジタル化が本格的に始動されなければならないだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1902.html)

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小野田欣也

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