世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバル・バリューチェーンのリカップリング(再結合)ヘ
(桜美林大学 名誉教授)
2020.09.14
昨年の12月に中国で発生した新型コロナウイルスは,瞬く間に世界中に広がり,世界各国の経済・社会活動を停滞させたのみならず,世界中の人々を震撼させ恐怖に陥れた。このウイルスのパンデミックはまた,いま時代や社会をも大きく変革させようとしている。人類はこれまでも天然痘,ペスト,インフルエンザなど,多くの感染症に襲われ,かつ戦ってきたが,同時にそのたびに時代や社会が大きく変わった。世界的に著名なJ. ダイアモンドは,ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた要因の1つに,病原菌をあげている。
近年,世界ではアメリカのトランプ大統領の政策,ヨーロッパにおけるブレグジットなどにみられるように,自国第一主義,保護主義,反グローバリズムが台頭し,世界経済のデカップリング(分断)が起きつつあるが,今回のコロナウイルスのパンデミックはそれに拍車をかけている感がある。1970年代頃から進展してきたグローバリゼーションの流れが止まり,時計の針が反転するかのような様相である。こうしたなか,国際ビジネス活動との関連でいうと,コロナウイルスが世界に拡散するにつれて,世界の生産工場が相次いで閉鎖され,原材料,部品,製品の供給網が切断し,サプライチェーンが機能不全になったことが衆目を集めている。これはグローバル展開する企業にとって致命的なことである。
日本企業は1970年代初期から国際展開し,アジア,アメリカ,ヨーロッパなどへと順次進出し,グローバル・ネットワークを構築してきた。これは言い換えると,企業内と企業間の国際分業を進めてきたことを意味する。アジア地域についてみると,1970年代半ば頃から日本から部品をタイやマレーシアなどに輸出し組み立てると同時に,製品の現地生産も本格化した。また,1990年代までには韓国,台湾,タイなどと中間財のサプラチェーンを構築した。さらに,その後中国が経済発展を遂げるにつれて,中国企業も日本企業のサプライチェーンに加わるようになった。このように,いまや企業の国際ビジネス活動は国際分業をベースにサプライチェーンを構築し,その上で協業・協働しつつ付加価値を創造するようになっている。だから,それは「グローバル・バリューチェーン」とも称され,最近学界でもホットな研究テーマの1つになっている。
アジア諸国の企業は,このような先進国の多国籍企業のグローバル・バリューチェーンに加わることによって成長・発展を遂げてきた。またその結果として,それらの国も経済発展をし,人々も貧困から脱出して次第に豊かになってきた。このように,今日では企業,人々,国の相互依存関係がいっそう深化し,国際分業と協業・協働を通じて相互に発展するようになっている。しかし,今回のコロナウイルスの発生によって,このようなグローバル・バリューチェーンに疑問の声が上がり,その見直しを検討する企業が出てきている。さらに海外生産拠点の国内回帰を決断する企業もある。日本経済新聞社の最近の調査によると,日本企業の7割がサプライチェーンの見直しをしているという。日本政府も生産拠点の再配置に資金援助をするという。
確かに企業の生産機能を,たとえば中国など1つの国・地域に集中させることによるリスクは,不測事態が発生した時には大きい。その意味では,原材料や部品の調達先もいくつかの国・地域に分散させるほうがリスクの回避や軽減につながるので,よいかもしれない。。今回のパンデミックで,原材料や部品の供給源の多様化,それら備蓄,サプライチェーン上の冗長性の確保の重要性などの提案もなされている。このような視点でのグローバル・バリューチェーンの見直しには異論がないが,しかし短絡的な生産拠点の国内回帰には疑問を抱かざるをえない。それはグローバル化という大きな歴史の流れに逆らうことになり,かえってリスクを高めるだけではないか,いう危惧がある。
グローバル・バリューチェーンの見直しには,国際ビジネス論で長く議論されてきている国際分業,立地特殊的優位,企業特殊的優位を十分に考慮しつつ行うのが肝要ではないだろうか。この3つはグローバル・バリューチェーン構築の前提条件であるが,それらは時代とともに変化することも忘れてはならない。たとえば,国際経済学者R. ボールドウィンは,現在第3波のグローバル化の段階に入りつつあり,遠隔知能(RI)や人工知能(AI)の発展をベースとする新たなグローバル化と新たな形態のロボット化(「グロボティクス」)が社会や世界に大変革をもたらすとみている。現在世界はデジタル革命の上に立つ第4次産業革命の真っただ中にある。こうした時代の大きな変化を洞察したうえで,新たなグローバル・バリューチェーンのリカップリング(再結合)を考える必要があるのではないか。
今回のコロナウイルスのパンデミックによって,自国第一主義,保護主義,反グローバリズムがより勢いづいているかの印象があるが,このようなエスノセントリック,偏狭主義,場当たり的な短期的視野では,これからの企業,国,世界の発展と繁栄は望むべくもない。新型コロナウイルスのパンデミックという未曽有の危機を克服するには世界的な協調・協働が不可欠であるけれども,その感染症の情報共有,医療機器,ワクチン開発などに関しても,自国優先主義が前面に出て国際協調が十分でない。これでは企業のグローバル・バリューチェーンのリカップリングも成功しないだろうし,さらにいま世界的に提唱・推進されつつあるSDGも前進するどころか,むしろ後退を余儀なくされるであろう。危機の時にこそ,長期的な視点で時代の変化を洞察し,国際協調・協働を基調としつつピンチをチャンスに変えるようなビジネス行動をとる企業こそが,時代と社会の「変革者」となり,次の時代のリーディング・カンパニーとなる。それは歴史が証明するところである。
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