世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
求められるのは世界標準の研究か?
(桜美林大学 名誉教授)
2023.04.03
今回のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の侍ジャパンの想像を超える劇的な試合や選手の大活躍に日本列島は沸いた。これまで憧れの存在であったメジャーリーガーからなるアメリカチームを破っての優勝であるから,野球ファンならずとも感動するのは当然であろう。昨年のFIFAワールド・カップの日本チームの大活躍のときと同じような感動と歓喜があった。この2つのチームには共通する点がいくつかあるが,その1つに選手の中に,海外のチームに属し,世界標準レベルで戦っている選手がいたという点がある。
ビジネス界に目を転じればどうか。多くの日本企業は,事業の国際化やグローバル化に対応して,国際人材やグローバル人材の育成に注力してきた。この分野は国際ビジネスの展開には最も重要であるにもかかわらず,最も難しく遅れている分野で,とりわけ今世紀のはじめ頃から多くの日本企業でグローバル人材の育成や採用が最重要課題になってきた。
このビジネス界の動きに呼応するかのように,日本のビジネス関係の学会でも研究者とその研究の国際化やグローバル化に関する議論が活発になった。たとえば,国際ビジネス研究学会では,2015年頃からそうしたテーマを定例研究部会などで取り上げ,本格的に議論するようになった。また,日本経営学会や組織学会などでも,そのようなテーマで研究部会を開催し,機関誌の特集記事として取り上げ議論するようになった。そこでは研究者の国際学会の研究発表,海外のトップジャーナルへの論文投稿,国際的に評価される世界標準の論文の作成方法などが議論された。
欧米の著名な国際学会での研究発表やトップジャーナルへの投稿論文に関してみると,20数年前から,研究の質を高める目的からか,「科学性」を追求する傾向にあり,従ってリサーチ・クエスチョン,先行研究レビュー,仮説の設定と検証などの研究作法が最低限の条件として重視されるようになっている。そして,それらに照らして厳しいレフリー審査がある。著名な学会やジャーナルになればなるほど,研究の方法論・概念的厳密性や学問的・実践的関連性が求められるので,その審査が厳しくなる。その反面,その審査を通過し,その学会の国際大会での発表やジャーナルへの論文掲載が実現すると,その研究が高く評価され,研究者のキャリア形成,大学でのポスト獲得が有利になる。近年,大学,とりわけビジネススクールは,世界的に著名なジャーナルや学会での研究発表を研究者の評価の対象としているので,研究者もそのような基準に従って研究するようになっている。
いま,このような欧米の著名な学会の論文の評価基準が研究上の「世界標準」となっている。こうして,欧米の学会やジャーナルでは,形式的に同じようなスタイルの論文が並ぶようになる。しかし,このような世界標準に従って研究論文を作成することに疑念を持つ研究者もいる。その理由はいろいろあるが,次のようなものがある。「そもそも研究には一定の価値観にもとづく基準というものはあるのか」,「多様な研究こそが学問や科学の進歩につながるのではないか」,「学会の一定の基準に従うと,論文は形式的になりがちで,自由で独創性が薄れる」というものなどである。厳しいレフリー審査の制度の下では,原稿が何度も修正されるので,それが日の目をみるまでには元の原稿に含まれていた生命観,情熱,個性などが壊されてしまうことも考えられる。加えて,レフリー審査には長時間がかかる場合がある。欧米の有名なジャーナルでは,論文が掲載されるまでに5年もかかるケースもあるという。現在のような環境変化が速い時代には,その論文が世に出た段階ではもうその実践的価値がなくなっているかもしれない。独創的な研究は非標準的,特殊的,そして個性的でもある。独創的な研究に学問的・実践的価値をおくとすれば,先行研究や形式的な研究作法に拘っていると,社会的に重要な研究課題などが二の次になることも考えられる。極論すれば,研究プロセスで失敗した研究の論文も学問的価値があるかもしれない。
加えて,いまの企業を取り巻くビジネス環境のもとでは,地球規模で未知の出来事や変化が生じるようになっており,それらに企業経営が大きく影響を受けるようになっている。そのような問題や課題への解答は既存の研究方法や理論では見つからない。それにはまったく新しい研究方法,理論,モデルなどの構築を求められるかもしれない。
以上のような点を考えると,研究者が国際的に活躍するためには現在の世界標準に沿って研究論文を作成することは重要であるけれども,しかしその形式に過度に拘っていると,真に学問的・実践的価値のある研究を見逃してしまうのではないかとも危惧される。いずれにしろ,世界的にみても,質の高い研究をするためには,研究方法上の課題として,マルチディスプリナリーな研究と他の分野からのアプローチ,異なる専門能力・スキルを有する研究者との国際共同研究,将来の10年間ほどを見据えた長期的スパンの研究が必要になるのではないか。さらに付言すれば,日本の研究者にはWBCの決勝戦の前に,侍ジャパンの大谷選手が他の日本選手に伝えた「メジャーの有名選手に憧れるのを止めましょう」という言葉も傾聴に値するのではないだろうか。
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