世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1841
世界経済評論IMPACT No.1841

米中対立の激化に翻弄される世界:求められる理念と協調

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2020.08.10

 米中の対立が激化している。関税の引き上げによる米中貿易戦争として始まった経済対立が,5Gなどのハイテク技術をめぐる覇権争いに発展した。アメリカの言い分は,ファーウエイなどの中国製品を通して重要な情報が中国政府にもたらされる可能性がある。リスクが高く国家の安全保障に問題が生じるため,使用を禁止するというものであった。新型コロナ感染をめぐっても,アメリカや世界の感染者と死者の急増が,中国の初期対応や情報開示の在り方,WHOをめぐる問題へと拡大した。さらに,米中の対立は,「香港国家安全維持法」や「南シナ海」をめぐって直接的な国家の安全保障問題へと発展した。そして,アメリカはテキサス州ヒューストンの中国総領事館をスパイ活動を理由に閉鎖した。これに対抗すべく,中国は四川省成都のアメリカ総領事館を接収した。

 こうしたなか,アメリカは中国の北京字説躍動科技(バイトダンス)に対して,アメリカ国内でも人気の高い同社の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の事業を,9月15日までに売却するように求めている。その理由は,「中国製アプリはプライバシーを脅かし,コンピュータウイルスを広めて,政治的宣伝や偽情報を拡散している」というものである。同社と関連のあるマイクロソフト社が,同社を買収することで話が進んでいる。アメリカは,他の中国企業にも,同様の対応をとると明言している。

 今回のマイクロソフトのTikTokの買収をみていると,大戦間から第2次世界大戦中にかけて,ナチスの台頭のなかで自らの事業を守ることとドイツへの貢献を求められたフォードやGM,IBMなどの企業の苦渋の対応が思い起こされる。ナチスの影響を受けたビシー政権のフランスでは,フランスフォードがナチスに協力した。だが,シトロエンはビシー政権への協力を拒否した。こうした政権への対応の差が,後々の経営に影響を与えることになった。企業が出身国によって,意図的に差別的な扱いを受けるようになってはならない。

 現在においては,第2次大戦や冷戦時代とは比べ物にならないほどの企業が国境を越えて活動している。それにもかかわらず,現在のアメリカの動きによって,各国はアメリカ側につくか,中国側につくかの選択が求められるようになった。困るのは多国籍企業である。もともと多国籍企業の活動領域は,政府の活動領域とは大きく異なる。中国がアメリカと同じような行動に出ないとは限らない。中国に投資をしているアメリカ企業は多い。そうなれば,現在,株式の時価総額がトヨタ自動車を超えて人気の高いテスラなど中国事業のウエイトが高い企業は,大きな市場を失い競争力を削がれてしまう。

 為政者にとっては,「国家の安全保障」というのは,とても都合のいい言葉である。この言葉によって,自国民のナショナリズムや愛国心を掻き立てることができる。他の国は,偉大なわが国に正々堂々と戦っては勝てるはずはない。自分たちが,不利な立場に立たされているのは,相手が何か不正をしているからだと,多くの人たちを信じこませればよいし,これは意外と簡単なことである。自分の生まれ育った国を良い国と思いたいのは当然のことであろう。しかも,国家の安全保障という場合には,何故その問題が国家の安全保障にかかわるのかという詳細な理由を述べる必要がなくなる。詳細な説明をすれば,相手国に手の内が知れるので,ますますわが国は不利になるといっておけば済む。戦後,アメリカにおいては,多くのスキャンダルが国家の安全保障の名のもとに生じたし,真相も明らかになりにくいものであった。

 2016年のアメリカ大統領選挙で,「アメリカを再び偉大な国に」「アメリカ第一主義」をスローガンとして戦って,トランプ大統領が誕生した。当初は,貿易の不均衡の是正,ラストベルトでの雇用の拡大など,国内の問題を解決する兆しがみえた。しかしながら,貿易不均衡,雇用などはもちろん,新型コロナ対策にしても,多くの国内問題が国際問題へとすり替えられるようになった。そのうえ,2020年の大統領選挙で再選問題が近づくにつれて,その傾向はいっそう強くなった。「アメリカ第一主義」が,再選のための「私第一主義」に変わってきたように見える。

 国の指導者が,本当に自国を偉大な国にしたいなら,国際社会で尊敬を集めるような崇高な理念を打ち出し,それを実現するための協調行動をとらなければならない。「アメリカのために世界が何をしてくれるのかを問うのではなく,アメリカが世界に対して何ができるかを問うこと」である。トランプ大統領流に強権をふるい,あえて対立状況を作りだしては,支持を得ようとする手法は,体制を超えて中国,ロシア,東欧,中東の国々のみならず,日本や韓国にも波及しつつある。歴史の教えるところでは,対立は問題の解決にはつながらない。政治や外交には,利害対立を解決するための「調整」や,良い意味での「妥協」が必要なのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1841.html)

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