世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4105
世界経済評論IMPACT No.4105

進む消費者無視のIT・デジタル化:B to Cビジネスの本質を問う

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2025.12.01

 去る8月,2019年のブラジル以来,久しぶりの海外旅行で10日ほどタイに日本企業のフィールド調査に出かけた。まずは,海外旅行保険の申込みである。70歳以上の高齢者は,制度的にインターネットで海外旅行保険を申し込むことができなくなっている。前回のブラジル行きは,フライト時間が昼間だったので,空港の窓口で海外旅行保険を申し込んだ。今回は,真夜中のフライトであったので,空港の窓口が閉まっていては困ると思い,80歳の傘寿を迎えた私は,近所の代理店で申し込もうとした。

 近所の代理店は,地域をカバーしている保険会社の支社に問い合わせれば分かると思い,インターネットで近所にある支社3カ所を見つけた。それぞれに,電話番号があったので,順番に掛けてみた。最初の2社では,「この電話番号は現在使われていません」との応答があった。3社目に電話すると繋がり,その支社の窓口で海外旅行保険の契約ができるという。保険料の支払いはクレジットカードでできるということで,その支社に出かけた。

 支社のカウンターで契約を済ませ,いざクレジットカードで支払おうとしたしたら,カードの登録をスマホにしてくれという。クレジットカード払いというと,普通は読み取り機にカードを挿入したりタッチしたりして,暗証番号を入力すれば済むと思っていた。なぜ,スマホに登録するのか理解できないので,他に支払いの方法があるかと聞くと,同じビル内にコンビニがあるので,そこで支払を済ませ領収書を持参すればよいということであった。そのコンビニでは,クレジットカードでの支払いは受け付けないという。コンビニのATMで,クレジットカードによるキャッシングをしようとしたが,私のカードではできなかった。

 仕方なく家に帰り現金を手にして,くだんのコンビニで支払いを済ませ,領収書を保険会社の支社窓口に持っていき,やっと保険を購入するすることができた。その時もらった約款などは普通の細かな字で印刷され,特段高齢者対応のものではなかった。

 クレジットカードに関しては別の経験もした。近所のクリニックで検査を受けたが,医療費の支払いに手持ちの現金が足りなかった。カウンターにおいてあるQRコードを読み取って手続きをすると,すぐにクレジットカード払いができるという。そこで,QRコードを読み取って手続きをしたが,うまくいかない。受付の若いスタッフが手伝ってくれたが,やはりうまくいかない。結局,近くの郵便局のATMで現金を下ろして支払った。

 タイに出かけている間,新聞の配達を止めてもらおうと,いままで連絡していた販売店の電話番号をインターネットで確認して電話をした。ここでも,「この電話番号は現在使われていません」という案内が流れた。近くの別の販売店を探し出して電話をした。いままで私の家の地域を担当していた販売店は閉鎖され,その販売店が担当していた地域は,既存の3つの販売店に振り分けられたという。幸い,話をしていた販売店が私の家の地域担当ということで,不在中新聞の配達を止めてもらうことができた。

 また,7,8年前から顔見知りとなった近所の金融機関のスタッフに勧められて少額の積立NISAを始めた。壊れた電気製品を暮れに買い替えるため,一部解約をして現金を手元においておこうと考えた。契約時にもらった担当者の名刺に書いてある電話番号にかけた。ご本人は異動になったらしく,別の担当者が対応してくれた。解約の方法は,①アプリをダウンロードして自分で行う,②金融機関の窓口で行う,2通りがあるという。窓口に行けば,担当者が手伝ってくれると思い,アポイントメントをとって窓口にでかけた。驚いたのは,カウンターにタブレットが置かれ,遠隔で担当者が入力の指示をするという。思わず,「これなら自宅でアプリをダウンロードして入力したのに」と叫んでしまったが,そのタブレットで手続きをすることにした。遠隔の担当者がマイナンバーカードで本人確認をし,窓口の担当者がNISA口座用の印鑑を確認した。遠隔担当者の指示にしたがって,一通り入力を済ませた。最後に,窓口の担当者を呼んで入力内容をプリントアウトしてもらい,それに,署名捺印をして終了ということであった。

 金融機関のほうは,私のNISA口座に関するすべての情報をもっている。一部解約の金額も伝えてある。すべて金融機関側で入力して,最後に私が内容を確認して署名捺印すれば簡単に済むのにと思った。マイナンバーカードの身分証明書としての役割や,一時期騒いだ印鑑廃止の動きはどこにいったのだろうかと,疑問に思わざるを得なかった。

 さらに,貸し会議室を利用しようとしたときのことである。パソコンを使ってインターネットで便利の良い地域の物件を選んで,手続きを済ませて予約ができたと安心していた。すぐに,先方からURLが送られてきた。これを入力すると,開錠できるという。今風のスマートロックである。ところが,スマホでeメールを読めるようにしていない。連絡先に電話をすると,折り返し先方から電話がかかってきた。事情を説明して,相手の話を聞いても解決方法はよく分からないので,キャンセルした。私の希望した日時では,他の会議室は満室であった。便利な場所にあるにもかかわらず,この会議室だけ空いていたのは,この予約システムの面倒さにあるのかな,と勝手に思ったりした。

 これらの経験や最近のスーパーやコンビニ,レストランなどの動きから言えることは,AIを含むIT・デジタル化は,企業の抱える人手不足や効率化・合理化のために進められており,顧客目線で進められていないということである。IT・デジタル化によって,かえって手続きが二重,三重になったうえ,顧客である消費者がかつては企業側が行っていた役割の大部分を負担するようになった。

 B to Cのビジネスの本質は,コスト削減や合理化によって利益をあげるのではなく,顧客のニーズにあった商品やサービスを提供することである。その結果が,売上高や利益を高めることになるが,実態は本末転倒と言わざるをえない。消費者を無視した手前勝手な資本や企業の論理でおこなうビジネスは,長期的には顧客からの支持を失うことになるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4105.html)

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