世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1837
世界経済評論IMPACT No.1837

コロナ危機後の多国籍企業とコンパクト都市:グローバル価値連鎖の本社機能

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.08.10

需要供給複合ショックの震源地

 今回の新型コロナウィルスは需要と供給の世界的なマクロとミクロの同時発生的な経済危機を招いている。通商白書や,熊谷亮丸(大和総研)らは世界規模で同時に,景気循環と雇用のショックが発生,過去の危機とは大きく違った異次元の経済政策が求められていると指摘する。その経済ショックの震源地はメトロポール大都市圏であった。それは都市圏における企業レベルでは集積,消費者レベルでは高い人口密度であったと置き換えてもよい。

 都市の再構築を真剣に模索する段階で,コロナショック発生の前から私自身は都市集中型のコンパクシティ論には日本の歴史的経緯や実情からも疑念を抱くと同時に反省期に来ていると考え始めていた。コロナウィルスはこの反省をほぼ決定的に正当化したと思っている。そのショックの傷口を拡げない財政金融政策や所得雇用政策を伝統の枠にとらわれず緊急動員することは不可欠である。しかし3密の回避といい,国境閉鎖さなどの交通網における移動制限といい,持続可能な経済成長の実現のためにはこれまでグローリゼーションを支えてきた経済の地理空間についての再設計が求められるのは必至である。

多国籍企業の最適配置

 これをいくつかの次元で考えてみたい。ポール・クルーグマンによれば21世紀のグローバリゼーションの最大の特徴は,多国籍企業の業務活動がその最適配置を求めてグローバルに分散していることである。その分散のパターンは米国型,欧州型,日本型と大きく分類されると同時に業種別にも戦略的にも区別されてきた。

 企業はその業務活動を世界的な分散プロセスのなかでをどのように外部化し,同時に内部化するか,あるいは企業間の協力提携の関係を築いていくかによって競争優位を築き上げることが求められてきた。あらゆる業種のすべての商品はグローバルな価値連鎖の最適な分散のなかで企画,調達,組立て生産,流通販売を行ってきた。自動車,アパレル,加工食品,流通,金融についてその態様は異なるが,世界スケールで部品,半製品,原材料調達などが網の目のように実行されてきた。このような分散するグローバルな経営戦略を統合総括する世界本社が世界中に拡がるネットワークの頂点に立って制御,統率を行っている。世界の有力都市の序列はこのような巨大な多国籍企業の統括本部の立地があるかどうかによって決定される。今このネットワークに亀裂が入りつつある。それは国際経営学ではグローバル価値連鎖,マーケティング分野ではサプライチェーンと呼ばれる流れが分断されようとしている。人,物,資本の移動に断絶が生じたなかでどのようにネットワークを形成していくのか。ここでは都市の再構築の観点から何点かについて所見をご披露させていただきたい。

デジタル革命とコロナ危機

 多国籍企業がステファン・ハイマー・モデル型の世界統括本社を有する都市では企業の組織は今後,一層,バーチャルな企業統治と経営戦略をレベルアップすることが求められる。コロナ危機においてはデジタル化と非接触が重要概念とされるバーチャルな仮想空間を通じて最適なグローバル価値連鎖をさらに高度化することが求められる。デジタル時代の情報媒体によるコミュニケーションが主流になりつつある。ドイツ・ベルリンの「Infra Lab」Society 5プロジェクト,市民の協力を得られなかったがトロントのグーグル未来都市Idea計画,フランスの15都市デジタルプログラム,中国の全都市デジタル化プロジェクト,など実行段階にさしかかっている。EU委員会の発表するデジタル都市世界ランキングでは第58位(2019年)の日本にとっては待ったなしである。デジタル田園都市構想,都市情報プラットフォーム,デジタル・トラスフォーメーション(DX),デジタル技術による医療技術を介した高齢化対策,などを一刻も早く推進すべき時である。

 デジタル革命時代にあっては都心部のオフィス空間では非接触と非物質のデジタル機能の複合化を前提にした企業経営時代が到来する。デジタル技術は今回のコロナ危機でもIT大手旧GAFA4社を筆頭に限界コストはゼロで技術革新の成果を普及させて利潤を大きく増やしている。コンパクト・シティを志向してきた都市空間がコロナ危機によってどうなるか。大事な点はフェイス・トウ・フェイスの対人接触は知識集約型の職種と労働集約型の職種で区別して考える必要があることだ。物流システムはAI,3Dプリンター,ロボティックなどによって無人の自動サプライチェーン化が進行し始めた。労働市場の二極化とマカフィー教授が呼ぶ現象のなかで,中間的スキルの労働者から職を奪うか,低スキル職種への移動を始まる。これに属する職種はアウトソーシングやオッフショアを通じて縮小されていく。これに対して最もスキルの高い技術者,専門家,経営者らの職種は,世界の多国籍企業の中枢機能を担うような拠点都市においてはさらにその地位が高まっていく。この高スキル職種は対面によるコミュニケーションを通じて戦略的な知的交流をもっとも必要でするとされている。都心部にはソーングレン(Thorngren)が対面業務の3つの側面とする,オリエンテーション,プランニング,プログラムの3段階のコミュニケーションの内,知識や情報の質,そしてコンピュータ・ネットワークでは伝達できない専門情報の交換や対話は多国籍企業の中枢機能には不可欠である。同じ対人接触とはいっては実はその内容は全く異なる。これこそかつてアルフレッド・マーシャルが「雰囲気は移転できない」という有名な言葉を残した産業集積の考えと重なるところである。従ってコロナ危機によって都市圏は知的職業従事者の集結していく空間にますます高度化していく。これはまたリチャード・フロリダが創造都市はコロナ後に復活してくると予言してことにも符合する。コンパクト・シティの空洞化は起こらないが,中間階層以下のひとびとの移動が予想される。

[参考文献]
  • B. Thorngren, How Do Contact Systems Affect Regional Development ?,,https://doi.org/10.1068
  • 高坂章,「グローバル経済統合と地域集積」(2020) 日本経済新聞出版
  • 熊谷亮丸「ポストコロナの経済学」日経BP
  • 瀬藤澄彦「多国籍企業のグローバル価値連鎖」中央経済社
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1837.html)

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