世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.554
世界経済評論IMPACT No.554

TPP合意:その意義と評価

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2015.12.14

1.TPP合意の評価

 高い自由化レベルと国有企業など新たなルールを含む高い21世紀のFTAに相応しい合意内容であり,アジア太平洋地域の新たな通商秩序と世界の通商ルールの方向を形作るものである。とくに評価すべき点として次の4点があげられる。

 まず,物品の貿易の自由化率が99%を超えていることである。先進国のFTAの自由化率は90%台後半が普通なので,TPPが例外的に高いわけではないが,途上国を含むFTAとしては非常に高い。

 次に,新たなルールを含むルール創りである。とくに国有企業,電子商取引,労働,環境などでは新たなルールが盛り込まれており,21世紀のFTAというべき内容となっている。他のFTAではすでに採用されているが,日本やアジアの国には新たなルールとなったものも多い。

 3点目として合意内容はバランスが取れていることである。バイオ製剤のデータ保存期間,国有企業についての除外などがその例だ。米国主導といわれたが,途上国などの主張も取り入れ,「漂流」を回避したことは評価できる。

 最後にFTAのユーザーである企業の「使い勝手」への配慮である。貿易円滑化,原産地規則,投資,TBTなど随所でそうした規定がみられる。とくに中小企業については1章を設けており,中小企業によるTPP利用促進を図ろうとしている。

2.新段階に進む日本のFTA

 日本にとっても文字通り画期的なFTAである。日本のEPAの自由化率は85〜89%だった。農水産品を例外にしていたため相手国は工業製品を例外に出来た。この足かせを完全ではないが,相当外すことができた。今後のFTA交渉でも立場が強くなるだろう。日本のFTAが新たな段階に進んだことは確かであるが,95%の自由化率は先進国のFTAとしてはやや低いのも事実である。

 これは,聖域5品目の70%で関税が維持されたためである。聖域5品目は現行輸入制度を維持しTPP枠などで輸入を増やす。その代償が米国の乗用車(2.5%)で,15年目から削減で25年目,トラック(25%)は30年目という超長期期間での関税撤廃である。

 TPPは日本にとり米国とのFTAを意味しており,韓国企業に対する不利が是正された。また,既存のEPAで自由化できていなかった分野が自由化できた。政府調達開放,TBT,投資自由化,サービス貿易自由化なども日本の産業界のメリットが大きい。

3.注目すべき分野

①物品の貿易

 TPP12カ国平均で,工業品は99.9%,農水産品は98.5%が自由化(関税撤廃)される。100%自由化する国も少なくない。日本の自由化率は全品目で95.1%,工業品は100%,農水産品は81.0%である。

 関税が課されていた業種(輸送機器,家電,食品など)はメリットが大きい。カナダは乗用車5年目,NZは即時撤廃,ベトナムもEPAで残った3000cc超の自動車(77,80%)が10年目で撤廃する。米国の自動車部品は自動車部品(2兆円,関税率主に2.5%)の8割以上即時撤廃となり,自由化率は米韓FTAを上回る。

 農水産品(食品を含む)の11カ国の関税撤廃率は,日本(81%)以外は最終的に98.5%となる。衛生植物検疫での協議と併せて日本の農林水産品,食品の輸出の強力な追い風となる。

②原産地規則

 完全累積が採用された。最も寛容な累積制度であり,TPP加盟国のどこからでも輸入された原材料,部品は,付加価値基準を満たしていなくてもすべて付加価値に加算できる。完全累積制度により,TPP域内でのサプライチェーン構築が制度的に容易かつ有利となる。(1)TPP参加国からの調達の増加,(2)TPP参加国への原料や部品生産のための投資増加,(3)TPP不参加国からの生産拠点や調達の参加国への移転,などが起き,アジア太平洋のサプライチェーンネットワークが変化する可能性がある。

③国有企業の規制

 国有企業についての規定は21世紀のFTAに相応しい新しい重要な規定である。これは米国の産業界からの「(民間企業と国有企業の)対等な競争条件」の実現という強い要望に応えたものであり,交渉では国有企業の比重の大きいベトナムやマレーシアが反対していた。最終的には,国有企業とTPP加盟国企業の無差別待遇,国有企業への非商業的な援助(注1)の規制などが盛り込まれた。ただし,特定の国有企業を除外することが認められ,日本を含め各国が地方政府の国有企業を適用除外にしている。「対等な競争条件(level playing field)」はオバマ大統領のTPPについての声明でも何度も言及されており,米国がいかに重視したかを物語っている(注2)。

④労働と環境

 労働と環境の規定が紛争解決手続きの対象となったことに注目すべきである。オバマ大統領のTPPに関する声明は,「過去のFTAとは異なり,労働と環境の約束は強制力を持った(enforceable)」と述べているように,努力目標ではなく遵守すべき規定となった。最低賃金,労働時間などを規律する法令を定め輸出加工区に適用することも規定されている。労働の規定はベトナム及び今後参加する可能性のある途上国への影響が大きいだろう。

[注]
  • (1)贈与や商業ベースよりも有利な条件での貸付などと例示されている。
  • (2)The White House Office of the Press Secretary, “Statement of the President on the Trans-Pacific Partnership”, October 05,2015
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article554.html)

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