世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1723
世界経済評論IMPACT No.1723

貿易統計からみた国連制裁下の北朝鮮経済

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.05.04

 北朝鮮ほど経済の透明性が低い国はないであろう。統計に関する政府の公式発表が一切ないからである。とはいえ,北朝鮮経済を考察する上で参考になるものが全くないかといえば,そうではない。北朝鮮はその独自の「自力更生」論である「自立的民族経済」に基づき,アウタルキー(autarchy)的な経済構造を成しているが,自国に賦存しないエネルギーや原材料などを中心に貿易を行っていることから,貿易相手国の統計を通じて北朝鮮の貿易統計を推算することは可能である。これは「ミラー統計」(mirror statistics)と呼ばれ,北朝鮮の経済指標のうち,唯一客観的な根拠に基づく統計であろう。この方法を用いて韓国の政府系機関である大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が毎年夏に前年の北朝鮮貿易統計(年刊『北朝鮮の対外経済動向』)を公表している。具体的には,北朝鮮と貿易を行っている70~80か国の貿易統計(中には貿易統計が不備な国もあるなど対北貿易国の全てを網羅するものではない)から対北朝鮮部分を抽出するものであり,特に,北朝鮮の貿易額の94.8%(2018年)を占める対中貿易は北朝鮮の「生命線」ともいえる存在となっている。言い換えれば,北朝鮮の対中貿易が対外貿易そのものといっても過言ではない。

 それでは,国連制裁下の北朝鮮経済について前述の統計から明らかにしてみよう。北朝鮮による核実験及び弾道ミサイル発射に対する国連安保理の経済制裁(2016~17年)(注1)が全面的に施行された2018年の北朝鮮の対外貿易は前年比48.3%減の28.7億ドルを記録した(注2)。特に,国連制裁が核・弾道ミサイル開発の資金源遮断に向けて輸出の制限に焦点が合わされていることから,輸出は前年比85.8%減の2.5億ドルまで急減した。これは一番の外貨獲得源である石炭(無煙炭)の輸出(ほぼ中国向け)が禁止されたことによるもので,2016年に11.9億ドルに達した石炭輸出額(輸出総額28.2億ドルの42.2%)が,2018年には0.1億ドル(同4.2%)まで減少した。このほか,主要輸出品である鉄鉱石などの鉱物性生産品(前年比92.4%減,4,891万ドル)や対中委託加工の繊維製品(同99.5%減,321万ドル),水産物などの動物性生産品(同99.8%減,37万ドル)なども禁輸指定されたことから軒並み大幅に減少した。

 一方,輸入も制裁により大幅な減少を免れず,前年比31.2%減の26億ドルにとどまった。禁輸指定された機械・電気機器(HS 84-85)の輸入額は前年比97.3%減の1.6億ドルまで落ち込んだほか,対中委託加工の原材料となる繊維類も同33.3%減の5.3億ドルまで下がった。北朝鮮の貿易収支に注目すると,慢性的な輸入超過が特徴として挙げられ,収支バランスが非常に悪い。その赤字幅は2015年3.6億ドル,2016年8.5億ドル,2017年20.1億ドル,そして2018年には制裁の影響を大きく受けて23.7億ドルまで拡大した。輸入代金の支払いをめぐっては,外貨建て資産や海外における所得収入など貿易外収入の存在が考えられるものの,はっきりしたことはわかっておらず,北朝鮮研究者の中で長年の謎とされている。

 また,2019年の対外貿易については,前述したKOTRA統計(『北朝鮮の対外経済動向』)が公表前であるため,中国「海関統計」(韓国貿易協会調べ)を下敷きにみていきたい。それによると,同年の北朝鮮の対中貿易額は前年比16.3%増の28.1億ドルを記録し,輸出は同10.8%増の2.2億ドル,輸入は同16.8%増の25.9億ドルであった。主要輸出品のほとんどが禁輸指定されている中,対中輸出が増えた要因として,時計(前年比58.1%増,4,900万ドル)やカツラ(同46.8%増,2,900万ドル),サッカーボール(同209%増,600万ドル),靴(同114%増,500万ドル)などの非制裁品の輸出増加が指摘される。他方,輸入については,コメや小麦などの穀物(HS 10:同225%増,8,400万ドル)のほか,時計部品(HS 911490:同89.4%増,7,000万ドル)の輸入が増加している。時計部品ついては前述の輸出増も踏まえると,中国から部品を輸入して組み立て,完成品を再輸出する委託加工貿易が行われている可能性もある。

 以上を通してみると,北朝鮮が非制裁品を中心に貿易の活性化を企図していることがうかがわれるが,いずれの品目にしてもその規模が少額であることから,制裁回避に向けた貿易上の選択肢がほぼ残されていないことがわかる。2019年の北朝鮮の対外貿易額は対中貿易の増加を受け,2018年を上回っているものと推察されるが,制裁前の貿易水準に遠く及ばないのは間違いないといえよう。

 最後に2020年の対外貿易についても簡単に言及しておきたい。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中朝間の物流の動きが滞っていることが伝えられている中,中国「海関統計」によれば,1~2月の対中輸出は前年比71.9%減の1,067万ドル,対中輸入は同23.2%減の1億9,739万ドルまで下がった。対中貿易に過度に依存する北朝鮮としては国連制裁に加え,新たに中国発の新型コロナウイルスによる追い打ちという「二重の制裁」に直面しており,厳しい状況が続いている。

[注]
  • (1)国連安保理決議第2270号(2016年3月2日採択),同第2321号(同11月30日採択),同第2371号(2017年8月5日採択),同第2375号(同9月11日採択),同第2379号(同12月21日採択)などにより,北朝鮮の石炭や鉄鉱石などの鉱物資源,水産物,繊維製品などの輸出が禁止されたほか,北朝鮮に対する機械類や食料品,農産品,繊維類などの輸出が禁止された。
  • (2)韓国銀行は,2018年の北朝鮮の経済成長率を−4.1%と推定し,2017年(−3.5%)に続くマイナス成長であったと推定するなど,国連安保理決議による貿易制限の影響が経済全般に波及しているとの見方を示している(韓国銀行「2018年の北朝鮮経済成長率の推定結果」2019年7月26日)。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1723.html)

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