世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1567
世界経済評論IMPACT No.1567

インドのRCEP離脱とその背景

助川成也

(国士舘大学政経学部 准教授)

2019.12.09

 2019年11月初旬の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)首脳会議後,インドは他の交渉参加国に交渉離脱の意向を伝えたとした。その一方で,「要求に同意すれば,将来,交渉と協議が可能になる」として交渉復帰を匂わせ,他国に妥協を求めた。インドの離脱の背景や要求が現地報道から徐々に明らかになってきた(注1)。

RCEPマイナスX方式で前進

 RCEPについて2019年11月の首脳会議で16カ国の「妥結」を見送った。同宣言ではインドを名指しし,「未解決のまま残されている重要な課題がある」とした。日本政府はあくまで16カ国で合意を目指す姿勢を堅持するが,自由貿易体制が危機に瀕している現在,インドを除く15カ国での20年の署名を目指すとともに,RCEPマイナスX方式でインドの参加準備完了を待つ。

 報道では,中国製品の流入急増による貿易赤字拡大が最大の懸念とされている。インドの貿易黒字は1972年が最後である。直近18年は過去最大の貿易赤字(1,897億ドル)を記録,その規模は米国(9,464億ドル)に次ぐ。首脳会議期間中,インド国内では反RCEP活動が全国的に拡大した。折しも足下の経済成長率は低迷しており,RCEPでの妥協・妥結は,農民票の離反を招く懸念があった。

 インドは物品貿易交渉で妥協を迫られる一方,競争力があり,攻める側に立つサービス貿易に関して,特にIT人材の移動(モード4)等を強く求めたのに対し,他の参加国は消極的であったことから,物品とサービスとで釣り合いが取れないことに不満を募らせていた(アウトルック・インディア紙11月4日付)。

 インドはRCEP妥結による貿易赤字拡大を懸念し,11月の経済相・首脳会議を前に,新たな要求を行った。現地報道によれば,①関税削減の基準年の変更,②セーフガードの設置,③原産地規則の厳格化,④農業と乳製品部門の除外,等である。本コラムでは,特に①,③に注目し,インド側要求を検証する。

インドの要求の概要

 15年8月のモダリティ合意以降,16カ国は2014年時点の関税率を基準に4年以上に亘り関税削減・撤廃交渉を行ってきた。今回インドは,基準年を2019年に変更するよう求めた。モディ政権は「メーク・イン・インディア」政策を推し進めており,その一環で18年にかけて多種多様な品目の関税を大幅に引き上げていた。これは,WTO情報技術協定(ITA)で無税を約束した品目も同様である(注2)。RCEPでの基準年を19年にするというインドの「後出し」を認めれば,交渉自体収拾がつかなくなる。これに対し他の参加国は,「19年の関税率を適用するショートリストを提供するよう求めた」という。

 またRCEPで採用する原産地規則について,インドは「中国に対して関税削減を付与していない品目であっても,他の参加国を経由して国内に流入する」として懸念した。ここからRCEPにおけるインドの関税率表は,相手国によって適用対象外,または税率差が生じる構造になっていると推察される。Financial Express紙(19年11月18日付)によれば,インドの自由化率は既にFTAがある対日本・韓国では90%,対豪州・NZで86%,一方,中国に対しては参加国で最も低く設定,20~25年をかけて80%を撤廃する。

 インドは他の参加国を通じた中国製品の流入を阻止するため,付加価値基準採用を主張,その上で税率差メカニズムを求めている。インドが求めている措置内容の詳細は不明であるが,ミント紙(19年10月31日付)によれば,中国にRCEPで関税譲許をしていない品目について,他の参加国を通じて中国製品が輸入されたと判断された場合,「関税差分を適用する」としている。

 CPTPPでも一部の品目で,相手国によって異なる税率を適用しており,国毎に税率差が発生する場合がある。これら品目については,どの締約国の関税率を適用するか判断する「税率適用国決定ルール」が必要になる。CPTPPでは,税率差がある品目の原産地規則が付加価値基準の場合,生産工程に関与した国のうち,付加価値が最も多い国の税率が適用される。RCEP参加各国はインドの懸念に対し,一部品目に限って品目別規則を容認するとして,100品目のショートリスト作成を提案したが,広範囲に適用を求めるインドはそれを拒否したという。

 関係国はRCEP「漂流」を回避すべく,一丸となって各分野の合意を積み上げてきたが,これらインドの要求は再交渉を要し,他の参加国は受け入れ難い。RCEPマイナスX方式を選んだのは必然であった。

[注]
  • (1)交渉内容は非公表。本コラムはあくまで現地報道を取りまとめたものであり,必ずしも正確とは限らない。なお,詳細は『世界経済評論(2020年3/4月号)』(2020年2月発売)に掲載予定。
  • (2)インドの関税引き上げの一部でWTO違反の可能性が指摘されている。日本はインドの情報通信技術(ICT)製品について,WTO譲許税率を超えており,GATTに違反する可能性があるとして協議を要請した。また,台湾はWTO紛争解決手続きに基づき二国間協議を申し入れた。
[参考]
  • 馬田啓一・石川幸一・清水一史編著『アジアの経済統合と保護主義-変わる通商秩序の構図-』文眞堂,2019年11月。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1567.html)

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