世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバリゼーションは次の段階へ
(福井県立大学 教授)
2019.09.23
グローバリゼーションへの不安が高まる中、世界では保護主義の台頭が広がりを見せているが、その影響はモノとカネ(資本)の流れにも現れている。たとえば、世界貿易の伸び率が世界経済成長率を下回るスロートレードの傾向だ。WTOによれば、世界貿易は2012年から5年連続で世界経済成長率を下回った後、2017年には一旦回復したが、2018~19年と再びスロートレードに戻ることが確実視されている。さらに、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の構築などを通じた世界の対内直接投資(FDI)の拡大傾向も2008年以降はほぼ止まっており、2015~16年は米英での大型M&Aで回復したものの、その押し上げ要因が剥落した2017年、さらに、米国多国籍企業が有する海外資金の還流を促す米政府の「レパトリ減税」の影響を受けた2018年と、2年連続で2桁減を記録している。
特に、気になるのは、これまで東アジアを中心に発展してきたGVC構築の動きがこのところ鈍化しており、先進国では国内回帰(リショアリング)の動きも出ている点だ。背景には、アジアにおける賃金の高騰と代替移転候補地の不在、ロボットや3Dプリンティングによる省力化、自動化技術の発展のほか、技術漏えいに関するリスクの増大などがあるものと思われる。また、急激なグローバル化によってリベラルな国際秩序に揺らぎがもたらされる中、SDGs型とも言われる普遍的価値に基づく規範意識の規格化・ルール化が進められているが、そこで求められるGVCの末端までの管理にはほとんどの企業が対応できていない。
ただ、こうした状況だけで、「グローバリゼーションの退潮」と捉えるのは些か早計であろう。現在のグローバリゼーションはオックスフォード大のK.オルーク教授とハーバード大のJ.ウィリアムソン教授によれば1820年に始まったとされるが、その性質は1990年代以降、大きく変容しているからだ。ジュネーブ高等国際問題・開発研究所のR.ボールドウィン教授によると、それ以前のグローバリゼーションは主に、モノの移動(輸送)コストが低下したことで、生産地と消費地を切り離すことが可能となったことから始まった。その際、G7諸国では、競争優位分野に特化し集積とイノベーションを重ねた結果、世界の所得に占めるシェアが1820年の約5分の1から1990年前後には約3分の2にまで急拡大した。この間、貿易は盛えたがイノベーションは生まれた場所に止まったため、その恩恵は南の国には行き渡らなかった。
一方、米ソ冷戦終結後の1990年代におけるICT技術の革新はそれまでの南北間の関係を一変させた。つまり、アイデアの移動コストが急激に下がったことから、複雑な工程管理を遠隔地でも行えるようになり、国境を越えた工程間分業が可能となったのである。その結果、一部の途上国が発展の段階を飛び越えていきなり先進国の先端産業の一翼を担うといった状況が生まれた。たとえば、以前は裾野産業の脆弱さが指摘されていたベトナムでは、三菱重工がボーイング向け航空機の乗降扉の生産を行っている。つまり、GVCを通じて先進国の多国籍企業から新興・途上国への技術移転が急速に進んだのである。
しかし、GVCの発展と共に、世界の製造業に占めるG7のシェアは急減し、1990年当時65%あった同シェアは2010年には47%にまで落ち込んだ。驚くべきは、G7のシェア低下分の殆どを僅か6カ国(うち5カ国はアジア)の新興・途上国が占めている点である。わけても、目を引くのは中国の躍進ぶりで、世界の製造業に占める割合はその間、約3%からほぼ20%にまで上昇した。そして、もっとも興味深いのは、G7の凋落もさることながら、その恩恵がごく一部の地域に集中しているという衝撃の事実である。米中貿易戦争の本質もまさにこの文脈の延長線上で捉えることができる。
では、この先、グローバリゼーションはどうなっていくのだろうか。上述のとおり、これまで、その影響はG7やアジアの新興国などごく一部の地域に集中していたが、今後は、文字通りより広い範囲に波及する可能性がある。鍵を握るのは「ヒト」の移動コストの低下だろう。しかし、実際に移動するわけではない。テレプレゼンスやテレロボティクスなどを通じて、国際間における対面でのやりとりや作業がすでに可能となっているのだ。将来的には、海外展開したいが人材がいないといった中小企業の悩みも解決できるようになるかもしれない。さらには、経験豊富な途上国のスタッフや労働者が母国を離れることなく、日本や世界各地のGVC拠点にバーチャル勤務することも可能となるであろう。その結果、これまで注目されなかった国や地域にも可能性が広がることは間違いない。おそらく、こうした効果がもっとも強く現れるのはサービス産業である。
このように、グローバリゼーションは今後もその性質を変えつつ、さらに深化していくものと思われる。
関連記事
池下譲治
-
[No.3609 2024.11.04 ]
-
[No.3523 2024.08.19 ]
-
[No.3393 2024.04.29 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]