世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1457
世界経済評論IMPACT No.1457

交渉開始から6年。正念場を迎えるRCEP

助川成也

(国士舘大学政経学部 准教授)

2019.08.26

 東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の年内合意実現に向け,今秋,交渉は山場を迎える。米中貿易戦争で世界経済の不透明感が高まる中,年内妥結が実現出来なければ,RCEPのモメンタムは失われ,漂流する懸念もある。「小異を捨てて,大同に就く」ことが,RCEP地域で事業を展開する日本企業の利益に繋がることに加え,自由貿易体制の堅持に繋がる。

RCEP実現で収益力の向上を

 RCEP交渉が13年5月に開始されて以降,既に6年以上が経過した。これまで全18章のうち,7つの章で合意した。交渉が残っている分野について,物品,投資,サービスなど市場アクセスについては,既存のFTAがない国同士を中心に二国間交渉を集中的に交渉し,また知的財産権,電子商取引,競争等のルールについては,国毎に政治的にセンシティブな部分について,柔軟性を持たせるなどにより,取りまとめを行っている。19年9月にはタイ・バンコクで第7回RCEP閣僚会合が開催されるが,政治的判断が必要な事項が多数残存しており,閣僚間で粘り強い交渉が求められる。

 RCEPの早期妥結は,東アジア全体に生産・調達網を張り巡らせている日本企業にとって悲願である。外務省によれば,17年10月時点でRCEP地域には海外進出企業の約7割(68.3%;5万1583社)が進出している。RCEPが締結され,域内で関税削減・撤廃が進めば,日本企業の大半がこの恩恵を享受できることになる。

 2018年の日本の国際収支において,海外子会社からの配当などが含まれる第一次所得収支の黒字額は20兆8102億円を記録した。同年の貿易黒字が1兆1877億円であったことと比べると,日本企業の海外拠点が果たす役割は大きい。中でも,日本の対外直接投資収益は,13兆8119億円であったが,このうちRCEP域内からの収益は42.5%を占める。前述の進出企業数の規模と比べれば,同地域の収益力は劣っていると言わざるを得ない。しかしRCEPの締結を通じて同地域自体の競争力が強化されることは,企業収益の拡大,更には日本への投資収益送金を通じて,日本経済にも裨益する。

 実際に日本企業へのインパクトを測る観点から,RCEP進出日系企業の調達・輸出先をみると,同協定締結の重要性がより明らかになる。ジェトロの在アジア・オセアニア日系企業実態調査(18年度)によれば,在RCEP日系企業の域内輸出入比率は,輸出で約8割(79.8%),輸入で約9割(90.4%)にのぼる。RCEP締結はこれら企業の競争力に大きく影響する。

一部から「RCEPマイナスX」方式の声

 6年を超える交渉で合意できた分野は7分野にとどまっていることから,「年内妥結は困難」とする見方も少なくない。特に,関税削減など市場アクセスについては,既存のFTAがない国同士を中心に交渉が難航している。交渉の終着点がなかなか見えない中,この状況に業を煮やした一部の国からは,交渉の足枷になっている一部の国を外す枠組みが提示されている。

 一部報道によれば,19年4月にラオスで開かれたASEANプラス3関連事務レベル会合で,中国はRCEPからインド,豪州,NZを除いた13カ国による「東アジア経済共同体のブループリント」と題した文書を配布,日本や一部のASEAN諸国が反発したという。中国からの輸入拡大を警戒するインドは,市場開放に消極的な姿勢に終始し,市場アクセスや原産地規則での交渉難航の原因と言われる。一方,RCEP参加国間で一人当たり所得格差が50倍にも達する中,豪州,NZの柔軟性に欠ける自由化至上主義の頑な姿勢は,ASEANの後発途上国を困惑させているという。

 これらの国々を外す考えは,一部のASEAN諸国にも広がっている。18年に首相に返り咲いたマレーシア・マハティール首相は,「RCEP交渉参加国は,どの枠組みが効果的か検討しなければならない」とし,自らは中国の13カ国による構想を支持した。

 しかし,米国が離脱し,魅力が半減した環太平洋経済連携協定(TPP)にみられるように,これら3カ国のRCEPからの切り離しは,RCEP自体の魅力喪失に直結する。また,年内妥結が出来なければ,RCEPのモメンタムは失われ,漂流が現実味を帯びる。モメンタムの維持には,インドなど特定国をRCEPから排除することなく,参加国や個別分野において,先に進める国は先に,準備が整っていない国は後から参加する「RCEPマイナスX」方式や,合意した分野は先行的に実施するなど「一括受諾方式の見直し」を真剣に検討する時期に来ている。

 マハティール首相は,CNBCによるインタビューでは,「13カ国での締結が望ましい」と語っているものの,あくまで「当面の間」としていることから,「RCEPマイナスX」方式を意味するものと思われる。保護主義の嵐が吹き荒れる中,RCEP実現は,東アジア大に事業を展開している日本企業にとっても悲願である。また長年,日本を含めた東アジアは,自由貿易体制により多大なる恩恵を享受してきた。自由貿易体制堅持に向けて,今こそ日本は「小異を捨てて,大同に就く」など,年内妥結に向け知恵を絞る必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1457.html)

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