世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1412
世界経済評論IMPACT No.1412

「米中貿易戦争」に「日米貿易摩擦」を想う:変わらない米国の力による通商政策

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2019.07.15

 「米中貿易戦争」は,かつての「日米貿易摩擦」を彷彿とさせる。第2次大戦後,米ソを中核とする冷戦が進展した。朝鮮戦争が勃発すると,米国は対日政策を転換し,日本を共産主義の防波堤とするべく,産業の再建を支援する方向に政策を転換した。その結果,米国ビジネス界にも,日本からの輸入を促進しようとする機運が高まった。1955年3月14日付けの『タイム』誌に掲載された,クラウン・ゼラバッハ社社長の「日本に米国市場を開放させなければならない」と題する記事など,その典型であった。

 一方で,日本は戦後の経済の復興から再建,さらには高度成長へと向かうようになった。資源のない日本は,経済発展のための原材料を調達するために外貨を獲得しなければならなかった。そのため,世界最大の市場であった米国に積極的に輸出した。その過程で,貿易摩擦が生じた。

 貿易摩擦の背景には,常に米国内の政治状況があった。米国では,「政治とは利害の調整プロセスである」と考えられている。というのも,米国では産業構造の変化は,地域経済の浮沈と密接に関係しているからである。最初に貿易摩擦を引き起こしたのは繊維製品であった。米国における繊維産業の発祥は,18世紀前半のニューイングランドである。ところが,生産コストの上昇などから,繊維産業は1930年代ころから南部へ移り,戦後は南部が繊維産業の中心地となった。1ドル・ブラウスから始まった戦後の日本からの繊維製品の輸入で,この南部が影響を被るようになった。もともと民主党の地盤であったこの地域での政治的影響力を高めようと,共和党政権は1969年から日米繊維交渉に持ち込んだ。日本の自主規制によって決着が図られ,その見返りとして沖縄が返還されたとも言われている。

 1960年代に入ると,日本から鉄鋼,電気製品,自動車等が米国に輸入されるようになった。これらの産業は,ペンシルベニア州,ミシガン州,オハイオ州など中西部を中心に発展した。1970年代には米国経済自体が停滞し,その上日本からの製品の輸入が増え,現地企業の競争力が衰退し雇用が失われ,米国の入超が続いた。

 米国は日本がダンピングなどの不正行為によって輸出を伸ばしたと批判を繰り返した。繊維製品については,第2次世界大戦前からイギリスからも,国家ぐるみの「ソーシアル・ダンピング」と攻撃された。しかし実際は,日本企業は混綿技術の開発,さらにはトヨタ生産システムへもつながる効率的な生産システムの構築によって,競争力を高めていたのであり,これが戦後のさらなる競争力の源泉となったのである。

 鉄鋼産業では,第2次大戦後の壊滅的な状況のなかで,日本は最新鋭の生産設備を導入し,原材料の輸入や製品の輸出に便利な沿岸部に,エネルギー節約型の工場を立地するなどの努力を重ね,生産性や競争力を高めていた。自動車や電気製品その他の耐久消費財の場合は,国をあげての生産性向上と品質管理運動のもと,日本製品の低価格化・高品質化,さらには小型化が進み,1970年代の「家庭市場」から「個人市場」への移行という消費者ニーズの変化に対応したのである。当時の『コンシューマー・レポート』誌の評価では,日本製品は常に上位を占めていた。

 1980年代に入ると,半導体を中心に先端産業について貿易摩擦が生じるようになった。第2次大戦中に発展した西部や南部のいわゆるサンベルトで,航空・宇宙,ME,IT,バイオなどの先端産業が発展しつつあった。1982年には,IBMの秘密情報に対するスパイ行為を行なったとして,日立製作所や三菱電機の社員が逮捕される事件が生じた。

 米国のミサイルに日本製の半導体を搭載するのは安全保障にかかわるという米国政府の主張のもと,1987年には国防総省が中心となって,米国の代表的な半導体メーカーが参加して「半導体製造技術会社(セマテック)」が設立され,官民をあげて半導体の生産技術の開発に乗り出した。これをきっかけに,1990年代になると米国は,重厚長大型の産業から半導体などのMEやITにもとづく産業の発展に注力し,シリコンバレーなどが発展し,新たな競争力を獲得することができた。

 一方日本は,半導体産業の競争力が低下したばかりではなく,バブル崩壊後の経済的停滞から,先端産業への投資に消極的になり,IOTやAIなどの分野においても,米国,中国,韓国,インドに遅れをとることになったのである。

 このようにみてくると,日本と米国の首脳同士の関係がどんなに良好だとしても,また日本がかつての共産主義に代わって,中国からの脅威の防波堤になっていたとしても,米国は国内政治・安全保障を盾に,自らの利害を主張してくることが予想される。歴史は,トランプ大統領のみが,例外でないことを示している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1412.html)

関連記事

川邉信雄

最新のコラム