世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1406
世界経済評論IMPACT No.1406

ASEANのインド太平洋構想:ASEAN主導の枠組みを強調

石川幸一

(亜細亜大学 特別研究員)

2019.07.08

 ASEANは,6月23日に開催された第34回首脳会議で独自のインド太平洋構想である「インド太平洋に関するASEANの見解(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific)」を採択した。太平洋とインド洋を一体として捉える構想は2006年の第一次安倍政権時のインド国会での総理演説「2つの海の交わり」や2011年のクリントン国務長官の「フォーリン・ポリシー」誌の論文など早い時期から現れていたが,外交戦略として推進されたのは2016年以降である。日本の「自由で開かれたインド太平洋」構想をはじめ,米国,豪州,インドが相次いでインド太平洋構想を発表している。

 太平洋とインド洋の中心に位置しているASEANは,独自のインド太平洋構想をこれまで発表していなかった。その理由は3つある。まず,加盟国のインド太平洋構想への見解が一致していなかったことである。インドネシアは積極的でベトナム,シンガポール,インドネシア,タイは反対ではないが,マレーシア,フィリピン,カンボジア,ラオスは沈黙を守っていた(Lee2018: 27,庄司2018:4)。次に,日本,米国など域外大国が主導するインド太平洋構想に参加することでASEAN中心性が損なわれる懸念があることだ。3番目に日米のインド太平洋構想が中国へのけん制という要素を含んでいたためである。

 ASEANがインド太平洋構想を採択したのは,日本,米国,豪州,インドという域外大国主導でインド太平洋協力が進められており,地理的には中心に位置するASEANのプレゼンスが低下し,参加しないことによりASEAN中心性が棄損する恐れが強まったこと,豪州やインドが中国を除外しない構想を発表するなど中国けん制の要素が抑制されてきたことがある。議長声明では構想のとりまとめに当たってはインドネシアの役割が大きかったと述べている。

 ASEANのインド太平洋構想は,全体で5頁という短いもので,①背景と根拠,②主要な要素,③目的,④原則,⑤協力分野,⑥メカニズムから構成されている。①背景・根拠では,ASEANが東南アジアはインド太平洋の中心に位置することとASEANは包摂的な地域協力枠組みの発展に関与し,誠実な仲介者の役割を果たしてきたと指摘している。②主要な要素では,アジア太平洋とインド洋を隣接する領域としてではなく,緊密に統合され相互に連結した,ASEANが中心的かつ戦略的な役割を果たす地域として捉え,競争ではなく対話と協力の地域と位置付けている。

 ③目的では,既存のメカニズムを安定させ付加価値を与えることが掲げられ,この見解がインド太平洋協力の指針となることを示している。さらに,平和・安定・繁栄の環境の醸成,ASEAN共同体形成プロセスの強化と既存のASEAN主導のメカニズムの強化,海洋協力・連結性,持続的開発目標(SDG)を含むASEANの優先分野の実施を目的としている。④原則では,ASEAN中心性強化,開放,透明性,包摂,ルールに基づく枠組み,良き統治,主権尊重,不干渉,他の協力メカニズムとの補完,平等,相互の尊敬,相互信頼,互恵,国際法の尊重に加えて,東南アジア友好協力条約(TAC)の目的と原則の主導的な役割,とくに紛争の平和的解決,威嚇や武力の使用の放棄をあげている。⑤協力分野では,海洋協力,連結性,国連持続的開発目標(SDG),その他の分野の4分野となっている。⑥メカニズムでは,EASなどASEAN主導のメカニズムにより戦略的議論と実際的な協力を追求するとしている。

ASEAN中心性と中国を除外しない枠組み

 ASEAN中心性が原則となり,強調されているのは当然であるが,注目されるのは,新たなメカニズム(協力枠組み)を作るのではなく,既存のメカニズムを強化しインド太平洋構想を議論し実施していくとしていることである。既存のメカニズムは,ASEANが主導する枠組みを意味しており,具体的には東アジアサミット(EAS),拡大ASEAN防衛大臣会合(ADMMプラス),ASEAN地域フォーラム(ARF)などである。つまり,インド太平洋構想の議論や協力はASEAN主導のメカニズムで行うとしている。

 ASEAN主導の枠組みは,ASEAN中心性が運営の原則となっており,既存の枠組みでインド太平洋構想を進めることはASEAN中心性を原則として進めることを意味している。つぎに,ASEAN主導の枠組みは中国が参加しており,ASEANのインド太平洋構想は中国を排除していないことになる。原則の一つに「包摂」が挙げられているが,インドのインド太平洋構想で示されたようにインド太平洋構想における「包摂」は中国を除外しないことを意味する。競争ではなく対話と協力のインド太平洋地域を目指すとしていることも中国を除外しないということを意味する。

 協力分野は,海洋協力では海洋の安全と安全保障,航行と飛行の自由など日米の協力分野と共通する分野もあるが,環境問題や資源管理,小規模漁業コミュニティの保護,災害管理など社会開発分野が多く,連結性ではASEAN連結性マスタープラン2025の補完・支援に重点を置いている。SDGとその他の分野では,貿易円滑化と物流インフラとサービス,中小零細企業,科学,技術研究開発,スマートインフラ,AEC2025ブループリントとRCEPなどのFTAの実施による経済統合深化,第4次産業革命に向けた準備などASEAN経済共同体と共通する分野が挙げられている。経済開発およびASEAN共同体構築に資する協力分野が中心となっており,質の高いインフラ,海上法執行能力の強化(日本),安全保障支援,航行の自由作戦の増加(米国)など日米の構想とは異なっている。

 ASEANのインド太平洋構想は,モディ首相が2018年6月に発表したインドの「自由で開かれた包摂的なインド太平洋構想」に類似している。インドの構想は,①全ての国を含む包摂的な構想(中国を除外しない),②ASEANがインド太平洋構想の中心,③分断のどちらかに属することを拒否,④連結性の重視などの特徴を持っている。同構想では,米国,日本,豪州,インドの協力枠組みであるQUADについて一度も言及していない。ASEANがASEAN主導の枠組みを強調する理由は,QUADをインド太平洋構想推進の枠組みにすることへの警戒である。ASEANがインド太平洋構想の推進で主導権を握れるかは,秋以降の一連のASEAN主導の会議での協議をみないと判らないが,インドと協力できる可能性が大きく,ASEANのプレゼンスと役割が大きくなるのは確かである。

[参考文献]
  • 石川幸一(2019)「自由で開かれたインド太平洋構想—その意義,内容,課題—」,平川均ほか編『一帯一路の政治経済学』文眞堂(近刊)所収。
  • 大庭三枝(2018)「インド太平洋は誰のものか ASEANの期待と不安」,『外交』Vol.52, Nov./Dec. 2018,都市出版。
  • 庄司智孝(2018)「「一帯一路」と「自由で開かれたインド太平洋」の間で-地域秩序をめぐる競争とASEAN」,NIDSコメンタリー,第88号,防衛研究所,2018年11月1日。
  • ASEAN Secretariat, ‘ASEAN Outlook on the Indo-Pacific’, June 23, 2019.
  • Lee, John (2018), ‘The “Free and Open Indo-Pacific” and Implications for ASEAN’, Trends in Southeast Asia 2018 No.3. ISEAS.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1406.html)

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