世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
国内問題の国際問題化:経済摩擦の背景にあるもの
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2019.02.18
昨今,新聞やテレビなどでは,「日中貿易戦争(…)」とか「ハイテクの覇権(…)争い(……)」といった言葉が眼につく。21世紀のデジタル・情報・ネットワーク社会と逆行する動きをみて,違和感を持つ人も多いと思う。
こうした国際経済情勢は,第1次世界大戦,世界恐慌,第2次世界大戦へと続く時代に似ているとよく言われる。この時期は,第1次産業革命を制した英国が没落し,後発の米国やドイツが1870年代から台頭した第2次産業革命を主導した時期でもあった。第2次産業革命の波は各国に波及したが,これにスムースに対応できた国はなかった。1920年代に大量生産・大量販売で繁栄を誇った米国においても,1929年10月のウォール街の株式の大暴落を契機に大恐慌を経験した。バブルのみならず,経済格差が大恐慌の主要な原因ともいわれている。この大恐慌は世界へ波及し,列強ではブロック経済が導入され,国際協調が消滅し,結局第2次大戦へと向かったと言われている。
戦後は,こうした動きへの反省から新たな国際経済秩序が構築された。ところが,1970年代頃からマイクロエレクトロニクスやITをベースにデジタル・情報・ネットワーク社会とも言うべき第3次産業革命(ヨーロッパでは第4次産業革命とも呼ばれている)の波が生じてきた。第2次産業革命の場合と同じく,第3次産業革命の各国への影響が異なるだけでなく,各国内でも産業・地域においてその影響や対応が異なった。
とりわけ1970年代の米国では,第2次大戦時代にハイテク部門やサービス部門が集積し,戦後の若者のライフスタイルにあった温暖な気候の南部や西部を中心とするサンベルトで第3次産業革命が進展し,この地域が急速に台頭してきた。
一方で,第2次産業革命が生んだ鉄鋼,自動車,電機を中心とする重厚長大型産業を基盤とする中西部を中心としたラストベルトの衰退が顕著になってきた。そして,連邦政府の支出を巡って,ラストベルトを犠牲にしてサンベルトが台頭しているといった議論が巻き起こり,「第2次南北戦争」と言われたほどである。
その後,米国においては,ニューヨークやシカゴなど金融や情報などのサービス部門が集積した大都市や,シリコンバレー,シアトル,ヒューストン,アトランタなどに見られるハイテク部門の存在する都市や地域に政府やマスコミの注目が集まった。実際,現在の米国ではサービス業など第3次産業が付加価値でも雇用でも8割を超えており,製造業のウエイトはきわめて低い。
こうして,米国はハイテクやサービスを中心とする第3次産業革命の旗手として再び世界をリードするように見えた。ところが,一方で中西部の自動車や電機は競争力を失っていった。GMは倒産して一時国家管理となり,GEは金融を中心としたコングロマリットに変身してしまった。同時に,第3次産業革命は自動車のような基礎の産業に対しても,電気自動車,自動運転,カー・シェアなどといった大きな変革を迫っている。
一方,新興国をみると,中国では1978年の改革開放後,第1産業革命,第2次産業革命,第3次産業革命が同時にやってきた。インドにいたっては,第2次産業革命の前に第3次産業革命が進行し,農業社会の中で一部ハイテク集積地が形成されている。これらの国では,第2次産業基盤が弱いため,逆に設備投資などをそれほど必要としない知識・情報集約志向のITや,AIといったハイテク産業が急速に発展した。
このように,大きな社会の変革を生み出すのは,新しい技術革新であり,それを吸収していく経済活動である。ところが,それらがもたらす変化の影響は国家間でも,一国の産業間・地域間でも異なる。為政者にとっては,国内の利害の対立を解決することが重要であるが,これを短期的に解決することは簡単ではない。そこで,多くの為政者は安全保障の名のもとに,国内で生じた格差や雇用問題の原因を海外に求める。こうした動きがアメリカ第一主義であり,メキシコとの国境の壁の建設,パリ議定書やTPPやイラン核合意からの離脱,中国に対する関税攻勢になったと見られる。
一方の中国では,地域間や民族間の格差を埋め,他国に対する優位性を確保するための「一帯一路」構想,東シナ海やインド洋への進出となった。英国は国民投票でEU離脱を決定したが国内はまとまらず,EU内での各国の対立が深まっている。また,日本も国際捕鯨委員会(IWO)から脱退したり,反日を強める韓国との対立を深めたりしている。
経済活動が相互依存を強めていくなかで,依然として各国の為政者は他国に対して自国の勝利のみを訴え,国民がこれを支持する風潮がある。経済摩擦の背景には,技術や経済の変化に対し,弾力的な対応のできない為政者や国民の意識・価値観があるのではないかと危惧される。
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