世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1275

オーウェル『1984年』の世界

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2019.02.11

また政府の不祥事

 政府の「毎月勤労統計」の不正が問題になっている。不正統計のために,雇用保険,労災保険などで過少給付が起きている。政府は,実質賃金は少しずつ上がっていると言っていたが,実際は下がっていたらしい。森加計問題のようにまた国会でガタガタ議論されているが,この統計の不正は,国民社会にとって大変深刻な問題である。国の政策決定の基礎となる統計が嘘ものであれば,国の舵取りは間違ってしまう。賃金が実際には下がっているのに,上がったという統計を出した。アベノミクスが旨く行っているという印象を国民に与えるために,意図的に賃金の上昇というフェイクニュースを流していたのかと疑われかねない。

 これまでも日本政府は,賃金やGDPの統計を速報でポジティブな上昇の数字を出しておいて,後でマイナスの数字でこっそり変更,ひっそり修正しているという噂は前からあった。日本の戦前の統計は嘘が多く,「大本営」発表のニュースの多くはフェイクニュースであったことは知られている。誤った情報で国民を洗脳し,アメリカに勝てるはずのない戦争に突入したのである。情報操作は,国民大衆にそれと気付かせないで,国民大衆を洗脳することである。これが起きると大変な世になる。

脱工業化社会・情報化社会

 1975年,ダニエル・ベルが『脱工業化社会の到来』という本を書いたように,「情報・知識化社会」の時代が来た。これまでは主としてハードなものにより社会が動いてきたが,これからは社会が知識・情報で動き,変化する時代になってきた。つまり世界の経済をドライブするのは,かつては,ハード商品を生産する農業,鉄鋼業,造船業,自動車産業,家電産業などであったが,今日ではGAFA(グーグル,アマゾン,フェイスブック,アップル)と呼ばれる情報・知識を操りながら利益を上げるものが経済活動の主流になっている。ハードの商品も情報・知識で纏われるものになってきた。情報・知識を含めたIP(知的所有権)が企業力,国力の中心になりつつあるのである。もはや企業も個人もサイバースペースに存在するものを含めた知識・情報をベースにしてしか活動ができず,生きていけなくなった。

 機械系のシステムが,周囲にある「ヒートバス(熱浴)」で熱を吸収したり放出したりして動くものであるように,情報化社会では人間,企業は情報・知識の「ソフトバス」の中で情報・知識を吸収したり放出したりして活動するものとなる。自動車もガソリンで動くのではなく,「情報」で動くことになる。これからの戦争は情報戦争になる。大砲やミサイルではなくなる。

 ところが,その情報・知識が本物でなければ,経済社会は大変なことになる。特に国の統計は,経済社会の動きの根幹となるもので,フェイクであってはならない。最近日本のハードの製造企業は,コストを下げるために,素材・商品の品質を誤魔化して不良商品を出しているが,ソフトの情報・知識の嘘は経済社会に対してより大きな被害をもたらす。

 しかし現実は今日でも,サイバースペースに存在する情報・知識には嘘ものが沢山混じっている。情報・知識が信じられなくなると,民主主義が崩壊する。中国では,昔から人民は国を信用しておらず,人民は生きるために嘘と本物を見極める術を持っていると言われている。中国政府の発表するGDPの伸び率の数字は,サバ読みされており,4%ぐらいマイナスして見た方が良いということは,中国人も言っていることである。日本人は,性善説の文化の中で生きてきたために,そのような能力をもたない。

オーウェル『1984年』の世界

 1949年ジョージ・オーウェルは『1984年』を描いた。ビッグ・ブラザーという国の指導者が真実を隠し,国民大衆を「嘘」で支配する恐ろしい社会をSFとして描いた。国民は,総て監視カメラ,盗聴器,「テレスクリーン」を通じてその動き,考え方,意識が監視され,しかも「ニュースピーク」という新言語を与えられて,大衆が政治的・思想的な思考ができないようにされる。

 オーウェルの『1984年』はSFの世界であると思ったが,それが書かれてから70年後の今日の社会は,そのオーウェルの世界が現実になりつつあることに驚く。アマゾンのサイトなどでは,システムがそれぞれの個人の好みを決めて,その人にいろいろのものを買わせているし,Facebookでは,誰かが投入したフェイクニュースが走り回り,大衆を洗脳し,自分の意志とは違った行動する恐れが出ている。本当かどうかは分からないが,トランプのロシア疑惑もその可能性がある。トランプの場合,それがアメリカの国民にとって良かったのかもしれないが。国民の考え方,思想も外からのアタックで変えられてしまうことになり,外からある国の政治構造も変えられてしまうという危険である。

 戦後の日本でも,日米安保条約に胡坐をかかされ,日本人が国家の安全,国防,自立心という概念を忘れてしまったのも,メディアも含めて,我々が洗脳されてしまったのかもしれない。「絶望の国の幸福な若者たち」もこうした現象かもしれない。現在の社会では,大衆がそれと気づかないうちに,ある情報で洗脳され,動かされることが起こっているのである。

 現在騒がれているのはFacebookなどの情報の漏洩,ハッカーなどによるアタック,そして課税問題であるが,本当に怖いのは情報操作である。しかもそれが国の内部の問題より,外部からのアタックである。

情報・知識は誰のものか

 今世界のサイバースペースの情報・知識が,アメリカのGAFAと通信システムにより独占されている。日本人の我々の思考も,行動も,アメリカのGAFAを通じてなされている。

 情報・知識化社会における情報・知識は,人間にとっての空気のように,国家や個人の所有物ではなく,その国の「公共」のものである。社会の知識・情報は一部のものが独占してはならない。この情報・知識を公共のものとして,その国が守らなければならない。

 2019年1月,アップルのティム・クックCEOは「個人データを扱う企業は米政府が規制すべきだ」とし,個人データを扱う企業を米連邦取引委員会(FTC)の規制下に置く案を米タイム誌に寄稿している。

 中国は,自分自身の情報・知識のサイバースペースを作り,外からのアッタクを遮断しようとしているが,同時に国内のコントロールのために「顔認証制度」をつくり,監視カメラ,盗聴器などで,サイバースペースの中で,国民13億人の活動を国が監視する仕組みを造りつつある。これには技術の精度の問題もあり,人権問題にもなる。

 日本は残念ながら,情報・知識にたいしてこうした意識がない。

 問題は,情報・知識は公共のもので,国家や一部のグループがこれを乱用してはならないことである。また今日の日本の統計のミスや改ざん,「大本営」のプロパガンダがあってはならない。それには,その国の社会道徳,社会規範が確立されなければならない。

 今の日本の政府や官僚は,『1984年』の世界にように,国民の人心を操作し,国を変えるというようなことまではしないであろうし,またそうした大それたことをする能力もないであろうと思うが,しかし世界には悪者がいて,他国を自分の思うように操ろうとする者がいる。そのための日本としての情報・知識という「ソフト・バス」を守り,それを堅固な社会システム構造として創り上げることに大至急着手しなければならない。同時に国民は,自立心を持ち,嘘を見抜く力を養う必要がある。

関連記事

三輪晴治

国内

etc.

日本

最新のコラム