世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1264

産業振興に向けた地域システムの構築と運用:ドイツの経験からのレッスン

川端勇樹

(中京大学経営学部 教授)

2019.01.28

欧州の病人からの復活

 1990年代から2000年の初頭にかけて欧州の病人とまでいわれたドイツが復活して久しい。これには,シュレーダー政権の労働市場改革,ユーロ安による輸出の好調さ等が理由に挙げられるが,もう一つ忘れてはならないことに90年代から各州で取り組まれてきた産業振興策(クラスター政策)がある。これは従来産業の衰退や国際競争力の低下に対し,異分野間連携を通したイノベーションの創出と競争力の強化を目指したものである。この取組みには,地域の強みや産学の自己組織的な取組みを活かす支援,そのための地域システムの構築・運用が必要である。人口の高齢化や新興市場の追い上げなどの日本と同様の状況に直面しているドイツについて本稿では現地調査を基に,いかに州政府が地域システムを構築して地域産業の振興に取組んでいるかについて検討し,レッスンを導き出すこととする。

各州の産業振興への取組み

 ドイツが停滞期にあった1990年代には,シリコンバレーの成功やマイケル・ポーターによる産業クラスターの議論が注目され,連邦政府をはじめ,主力産業の衰退や新産業振興への課題に迫られていた各州政府もクラスターについて研究や自国(地域)への適用について検討を重ねていた。ボトムアップ型で比較的限定された分野・地域で振興したシリコンバレーに対し,イノベーションの創出による競争力の強化を通して,州内全地域および複数の産業を振興することを目指した各州政府は,自らの働きかけも含めた独自の解決策で産業クラスターの振興に取組む必要性を認識した。

 この目的を実現するための地域システムの構築・運用に向け,各州政府の取組みが1990年代半ばから2000年前後にかけて開始された。構築したシステムは,州により管轄官庁や推進機関の形態,支援対象のクラスター数などの点で異なったものである。一方で共通しているのは,構築までのプロセスで,州内の産業ネットワークの活動を含めた産業調査とデータ整備,多様な産学関係者とのダイアログ,個々の産業ネットワークへの設立支援や資金提供等の施策とフィードバックによる改善を試行錯誤を重ねて進めたことが挙げられる。ここでは,官と産学(さらに民も含めた)の対話を通し,後者の自己組織的な取組みを前者が支援するという姿勢を確認することができる。

 例えばバーデン=ヴュルテンベルク州では,2006年のクラスター政策の取組み開始後,

  • 2006年〜:域内の産業クラスターの理解(関係者を招集したダイアログの開始)
  • 2008年〜:クラスターの特定(Cluster Atlasの作成,データベースの整備の開始)
  • 2010年〜:クラスターの評価(クラスター運営組織の活動・マネジメント等への評価・認証制度である“Quality Label”の導入)
  • 2014年〜:クラスター支援組織(Cluster Agency BW)の設立

 以上のように,州内各地域の産学官関係者との対話を進め段階的に政策に反映していった。運用については,各クラスターの進め方には介入せず,方針・有益な情報・進捗のシェア・定期的なパフォーマンス評価の実施という方法で,各クラスターの取組みを尊重しつつ,それらを強化する支援を提供するというアプローチをとっている。また,各クラスターの研究開発プロジェクトへの資金援助は,将来への潜在性の高いテーマ(Digitalization等)での中小企業の参画も含めた異分野連携を対象として取組みへのインセンティブを高めている。

ドイツの経験からのレッスン

 ドイツの経験から得られるレッスンとしては,まず独自の解決策を探求するというアプローチが挙げられる。バイエルン州政府の担当者は,「調査および検討の結果,どこにでも当てはまるクラスターの形はなく,独自のモデルを構築していく必要を認識した」とし,クラスターを「ある産業分野においてクラスター組織により運営されている産学のネットワーク」と同州における定義づけをし,地域システムの構築と運用を検討したと述べている。

 次に,独自の解決策を生み出すにあたり,決してマニュアルへの依存や限定された人々による議論を形にしたものを早々に当てはめるのではなく,クラスター推進の当事者となる多様な人々を巻き込んだ対話とそれを反映させた政策を実施し,フィードバックを通してこれらの人々の理解と学習のうえで必要な改善に取組んでいくというアクション・リサーチ的な方法で時間をかけて進めていったことである。

 地域新産業の振興に向けて,異分野間の自己組織的な取組みが一層求められている今,ドイツの経験はわが国にも大きな示唆をもっているのではないだろうか。

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