世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2700
世界経済評論IMPACT No.2700

地域産業振興の取組み:日独の食農分野の振興に向けた異分野間連携の促進

川端勇樹

(中京大学経営学部 教授)

2022.10.03

1.異分野間連携の促進を通した産業振興への取組み

 地域産業を振興し経済成長の裾野を広げることは我が国の重要課題である。従来産業の競争力が低下する中で,各地域において産業構造の高度化による競争力の高い新産業の振興が求められている。この実現には地域の潜在力を活かし,域内外の様々な業種の企業,大学・研究機関等の間で従来の枠組みを越えた異分野間連携を通してより付加価値の高い事業を創造することが重要であり,その推進に向けた連携促進のマネジメントが必要となる。本報告ではこの問題意識を基に,高い成長が見込まれる食農分野における異分野間連携を促進し産業高度化に取組む養父市と新潟市,および同分野でクラスター政策を実施しているドイツ・バイエルン州の3地域における現地調査から得られた発見を報告する。

2.調査の概要

 調査の目的は,地域産業としての食農分野の振興に向けた異分野間の連携の促進のためのマネジメントについて,以下を検討することである。

 「産業構造の高度化による競争力のある地域新産業の振興に向け,複雑性に特徴づけられる異分野間の自己組織的な組織間連携の成立へのプロセスはいかなるのもので,その促進のためのマネジメントは,誰が・どのように推進するか?」

 ここでは階層組織を前提としたマネジメントではなく,多様で自立した異分野の組織間が共通の事業目的のための連携への自己組織的な成立プロセスについて,その促進を意図する公共セクターや業界団体等がいかにそれをマネージすることができるのかという前提としている。

 調査は,各事例において連携促進に取組む支援組織の関係者に調査を依頼し,資料提供とインタビュー調査の協力を得た。2020年7月~2021年12月に計4回養父市役所で異分野間連携支援の業務を担当する課長等複数名の担当者,2020年8月~2021年11月に計4回新潟市で同支援の業務を担当する課長等複数名の担当者,メールによるやり取りや資料提供を経て2021年8月にバイエルン州の食農分野の同支援を実施するクラスター組織の組織長に,コロナ禍の中でZoomおよび国内2事例は各一回現地訪問も含めたインタビュー調査を行った。

3.日独の事例の比較からみえてきたこと

 調査を通して,異分野間連携成立の促進のためのマネジメントについて以下の共通点が明らかとなった。まず,支援組織を中心とする促進者がそれぞれの地域の初期条件を学習してフェルトニーズ(つまり,食農産業を地域で振興するにあたって異分野間の連携が不可欠であるという認識)を醸成・共有し,同組織を構築後の初期の活動ではフェルトニーズの共有を地域の産学関係者に拡大し共有するために介入を実施した。次に,これを踏まえて関係者がやりとりして連携への構想を練る場を設立し,この場の活動を通して全体の活動方針も決定し,その方針を反映して具体的な連携の成立に向けた相互作用を促進するための介入が実施されている。さらに,これらの機能を維持・向上させるため支援組織の体制(日本の2事例では市役所の担当チームの体制,ドイツの事例ではクラスター組織の体制)も改革していることが確認された。これらの連携成立への自己組織化を促進させるための介入では,関係者を直接問題に晒し解決に向け構造的に活動するためのアクションリサーチのアプローチが組み込まれており,関係者が参加的に学習してフェルトニーズを醸成し,適応,革新,仕組みを自ら設計することを可能にしている。

 一方で,場に関しては国内事例とバイエルン州の事例に違いが見られた。国内2事例では全体的な場の活動方針の決定は確認されたが,異分野間連携の成立のプロセスでは支援組織が個別案件毎にマッチング支援等の介入をすることを主なアプローチとしていた。これに対しバイエルン州の事例では,メンバーシップ制の下で連携参画者であるメンバーも,全体的な場の議論を通してストラテジーや活動方針の策定に加わり,支援組織がそれを反映して様々なタイプの場(例えば,ワークショップや各種イベント等)の設立・改良に取組んでいる。同事例では最新動向や関係者の議論を踏まえて改良した場で,新たな方向性のもとでメンバーが自己組織的に異分野間連携を促進しイノベーションを推進することに支援組織は重きをおいている。この取組みは変革マネジメント理論が示すように,メンバー自らが集団レベルで活動の前提を解凍させ場を改良し,新たな方向性への創発的な相互作用へと再凍結するプロセスを経て,ダイナミックな事業環境の中で適応性と頑強性を高め異分野間連携を通して革新的な事業を創出することに支援組織が一層強く寄与していると考えることができる。

 これらアプローチの違いが今後の地域産業としての(特に面的な)発展にどのような影響をおよぼすのか? 今後も調査を継続していきたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2700.html)

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