世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1215

トランプ・ショック

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2018.11.26

トランプの貿易戦争

 アメリカのトランプが仕掛けた貿易戦争が激しさを増してきている。「アメリカファースト」を連呼しながら,追加関税の発動にたいする諸国の報復関税の応報がエスカレートしている。仕掛けたアメリカ自身も,この貿易戦争はお互いの経済をおかしくすることは分かっていながらやっている。11月のAPECでは米中の対立が更に激化し,首脳宣言もできなかった。こうした混沌の中でアメリカも中国も,他の国々の経済も雲行きが悪くなり,世界的な経済の大混乱を招き,トランプ・ショックが起こるのではと心配されている。

世界経済の長期停滞

 トランプは,自分が大統領になったためにアメリカ経済は回復していると自慢しているが,中期的に見ても,ローレンス・サマーズが言ったように,リーマン・ショック以降,アメリカ経済は「長期停滞」に陥り,いまだに抜け出せていない。アメリカでは,景気の指標としてのトラック輸送の量が減少してきており,鉄のスクラップ価格も下落してきている。アメリカ経済のドライバーであった住宅市場,自動車市場もシュリンクしてきているし,消費市場でけん引していたスマホのビジネスもスローダウンしてきているし,ゲーム産業も減速してきている。これによるリストラもあちこちで始まっている。これまでの住宅,自動車の市場は,買える所得のない人に,金を貸し付けて買わせていたといういわば架空の需要であった。それが債務の増大で破綻し始めている。アメリカのGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)の時価総額はとてつもなく大きいが,雇っている労働者は少ない。シリコンバレーのバブル的な住宅価格も値下がりし始めている。トランプは中国,日本などに対してアメリカへの輸出が多すぎるといって貿易戦争を仕掛けているが,アメリカはこの30年外国からの借金で世界の商品を買いまくって生活しているのであるから,中国,日本がアメリカに対して貿易黒字が多すぎると言うのはお門違いである。

 中国も「世界の工場」としては賃金が高くなっておりだんだん競争力がなくなり,今や国内の需要を拡大すると言う方針に切り替えているが,膨大な負債を抱えている国営企業の経営が旨くいくかどうかという大きなリスクがある。伸びてきた中国の企業も減速が始まっている。

 日本は,企業は労働分配率を下げて利益を貯めてきたが,その金を何に使っていいか分からず,更に利益を上げようといろいろの不正に走っている。政府も「緊縮財政」で「何もしない病」にかかり,経済は停滞している。株価だけが高くなっているが,それは日銀が異次元の金融緩和でどんどん日本の株を買っているからであり,実体経済が良いからではない。日本政府と日銀は,異次元の超金融緩和により日本経済は2年で間違いなく回復・発展するといったが,5年たっても一向に良くならない。強気の黒田日銀総裁も頭を抱えているが,日本経済がおかしいのは私のせいではないと言い続けている。

 強いとされたドイツの経済も,移民を使って安い賃金で生産し,安いユーロで輸出で稼いできたが,これも旨く回らなくなり,貧困化している国民大衆からメルケルは突き上げられてしまった。

 ブレグジットのイギリスはどこに行こうとしているのか自分でも全く分からず,大混乱している。

何故経済は停滞してきたのだろうか

 こうした経済停滞のなかで,世界の国々の為政者,産業界は経済の回復のためにいろいろの手を打っているのに効果がないことに頭を抱え,混乱している。しかし,世の中は訳の分からない,不可解なことはそんなに多くはない筈である。おかしなことが起こるのには,ちゃんとした理由があるものだ。

 近代資本主義経済社会は二つの原則で動いてきた。一つは,アダム・スミスが言ったように,市場は大きいほど高い技術が創造され,民の生活は豊かになる。これは分業により,そして比較生産優位に基づく交易により増進される。

 二つめは,分業により,他人が買ってくれそうな商品を創り,市場で販売するという資本主義経済社会は,人間の互いの「信用・信頼」を基盤にして成りたち,その上で拡大発展してきた。スミスが直言した「道徳」である。これは二宮尊徳の「道徳のなき経済は罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である」に通じる。信頼・道徳が無ければ資本主義経済社会は成りたたない。つまり「経済」と「道徳」が両輪になって資本主義経済社会は発展してきたのである。「道徳」が忘れ去れると経済は大混乱を起こす。

 国の経済のGDPは,C(商品の生産消費)+I(投資)+G(政府投資)+(輸出―輸入)である。C(商品の生産消費)が現在ではGDPの60%から70%を占めている。アメリカも日本もイノベーションの種がなくI(投資)が起こらないで,企業が内部留保している。G(政府投資)もどこの国も財政赤字で首が回らない。(輸出―輸入)は世界的に見るとゼロサムである。つまり経済発展にはCが一番重要であるが,Cは国民大衆の所得が伸びなければ伸びない。経済の先行きが不安になると国民は金を使わないで貯めてしまう。つまり経済の拡大には「国民の所得を上げること」,「賃金を上げること」,「労働分配率を上げること」をポジティブに進めることが必須となる。賃金を下げておいていくら経済成長を望んでも無駄なことである。このことが政府も産業界も分かっていないようだ。さすがに日本の安倍首相は賃金を上げようと連呼しているが,お経のように唱えても上がるものではない。

アメリカの黄金時代

 実際アメリカの1920年から1980年までの経済の発展は,開明的な企業家,為政者そして国民が,アメリカを豊かな,そして自由で民主的な国にしようという信念と情熱で,イノベーションを興して活動してきた結果である。資本主義経済は何もしなければ,詐欺的行為などによりすぐ経済はバブルになり,不正が起こり,格差が拡大するので,それを制御するいろいろな制度,ルールを作り,社会的倫理を重んじる運動をもとに,社会の安定的な拮抗力を持った社会の仕組みをアメリカは作り上げてきた。社会的な信頼と道徳がこのベースになっている。これはフランクリン・ルーズベルトのニューディール政策として実行された。その結果アメリカは,「アメリカンドリーム」として世界の憧れの的になり,世界の覇権国として,世界の経済をリードすることになった。

 この時代の「賃金の上昇」,「生産性向上への投資」,「GDPの拡大」の関係の数字を見ると,この三つがポジティブ・スパイラルとして発展してきていることが分かる。つまり労働者・大衆の賃金が上がり,それを克服するために生産性向上の投資が起こり,賃金上昇で需要が拡大し,GDPが伸びるという発展である。

 日本も,アメリカの力を借りて1960年から池田内閣の「国民所得倍増計画」で,労働者の賃金が上がり,国民の所得も倍増して,日本産業は発展し,経済は奇跡的な発展を遂げ,1980年にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるまでになった。つまり国民大衆が商品を買い消費できる十分な賃金所得を得ていることが経済の発展に繋がったのである。中国も最近は労働者の賃金が上がり,世界の工場を返上して,内需の拡大に動いている。

アメリカ黄金時代の経済社会の構造が破壊された

 ところが,アメリカ社会のこうした国民大衆の豊かさが進むなかで,このままではアメリカは社会主義国になると言い,1971年ルイス・パウエルの檄が飛んだ。つまり,労働者の賃金を下げ,企業の付加価値を労働者側から企業に強制的に移せという檄であった。1981年のレーガン大統領になり,フリードマンの新自由主義の旗を掲げて,その破壊行為が実行された。これにより,アメリカ資本主義経済の拮抗力としての労働組合,消費者グループが解体され,「制御装置」が破壊されていった。これまであった経済社会としての「倫理・道徳」が捨て去られ,企業は平気で不正に走った。そして行き過ぎたグローバル化で富裕層と貧困層に分断し,難民をもたらしている。この結果,トマ・ピケティが示したように,アメリカの所得格差が1981年から急に悪くなり,一部の富裕層に殆どの富が集中している。「道徳のない経済は罪悪である」という尊徳の教えを踏みにじっている。日本もこのアメリカの尻馬に乗り,1990年ころから非正規社員制度で労働者の実質賃金を下げてきて,中間層の貧困化を起こしてきた。日本ではさらにこの非正規社員制度を大学の研究者にも押し付け,日本の科学力が低下していることは今いろいろ指摘されていることである。つまり人為的に労働分配率が下げられたのである。これは実質賃金の統計を見てもそれは明らかである。これでは経済が発展するわけがない。

ではどうすればよいか

 このような見方が正しいとすれば,答えは明確である。アメリカの黄金時代に築かれた経済社会の制御システム,拮抗力としての社会構造に修復すればよいのだ。そして非正規社員制度やリストラをしやすい法規制を改め,社会のイノベーション,産業のイノベーションを国を挙げて興すことである。

 日本では今,移民法制が問題になっている。民は胃の腑を満たすために,満たされない国から満たされそうな国に移る。日本も戦前から,多くの人がアメリカやブラジルに移っていった。移民を受け入れる側も安い賃金労働者をいれて全体の賃金水準を引き下げて利益を上げようとする。

 アメリカは国を大きく発展させるために,産業の開発拡大のために,建国以来移民を受け入れてきた。特にアメリカは,近年は産業発展のため,イノベーションを興すための優秀な人材を世界から引き寄せてきている。スペイン,オランダ,イギリス,アメリカが国力を増し覇権国の座に着くときのイノベーションを興したのは外国からの優秀な人材であったことを理解しなければならない。賃金水準を下げるための移民はやってはならない。

 日本は今人手不足であるというが,産業が拡大して,そして経済が拡大して人手不足になっているのではない。とくに介護,小売業などでは人手不足であるが,それは賃金が安いからである。賃金をまともなレベルにすれば日本人でも働く人は沢山いる。産業界は利益を上げるために安い賃金労働者を求めているようで,そしてそれで全体の賃金を下げようとしているようだがそれは間違っている。資本主義の発動の歴史を見ると,賃金が上がると,その高い賃金のもとで生産性をさらに上げるために投資をして,それにより経済は更に拡大し,所得の増えた大衆は商品を買うので経済はますます発展するものであるが,日本産業は全体的に発展のための投資をしないで金を貯めこむだけという停滞のスパイラルに陥っている。日本政府は,移民問題で,逆走してはならない。

関連記事

三輪晴治

国際経済

国際ビジネス

アングロアメリカ

日本

最新のコラム