世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TPP「労働」章への期待と対応が迫られる日系企業
(福井県立大学 教授)
2018.11.26
米国を除いた11カ国による環太平洋パートナーシップ(TPP)協定がいよいよ12月30日に発効する。TPPは経済厚生にとってプラスに働く「貿易創出効果」が期待できる反面,必ずしもパレート改善とはならないことから,新聞報道などを見る限り,日本国内では専ら農業問題に関心が集まっている感がある。勿論,それ自体に異論があるわけではない。が,企業のグローバル経営戦略を研究している立場から最も注目しているのは「労働章(第19条)」が導入されたことである。特に,労働に関する規定が入ったFTAの発効はベトナムにとっては初めて。マレーシアにとっても豪州およびニュージーランド以外とのFTAでは初めてのことである。なぜ,これが注目されるかといえば,これまで,企業倫理の普遍的な諸規範について,概念としては存在するものの,国による違いや真の意味での世界政府の不在などから,現実には「国際ビジネスを規制するのは不可能ではないか」と考えられてきたからである。TPP労働章はこの長年の課題に対する突破口となる可能性を秘めているのだ。
労働章導入の背景には,グローバル化に伴う企業倫理の問題への世界的な関心の高まりがある。特に,1996年にシンガポールで開催されたWTO第一回閣僚会合で労働基準を取り扱う権限を有する機関はILOであることを認める宣言が採択されたことは,この分野における行き詰まりを打開する重要な一歩となった。これを受けてILOは1998年,「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」を採択した。これがTPP労働章のベースとなっている。そして,2011年には「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会で承認。さらに,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」でも,ILOが目標として掲げる「ディーセント・ワークをすべての人に」が開発目標8としてその中に位置づけられるなど,国際社会がこの問題に対して急速にコミットし始めている。
こうした中,TPP加盟国であるマレーシアやベトナムに進出している日系企業は待ったなしの対応を迫られている。筆者が3月にマレーシアを訪問した際,進出日系企業がもっとも懸念していたのが同労働章への対応であった。なぜなら,マレーシアには現在,不法就労を含めると同国労働人口の2〜3割に当たる300万〜400万人もの外国人労働者が存在するが,その雇用管理面を見る限り「強制労働」に当たるケースが決して少なくないからである。米労働省の調査によれば,同国での強制労働は,特に,電子工業や縫製業に多く,パーム油産業においては児童労働も散見される。ベトナムでも,結社の自由の制限のほか,特に,縫製業を中心に低賃金や児童労働,さらには人身売買に関する問題点などが米政府の調査などで指摘されている。グローバル化によってサプライ・チェーンが複雑化する中,日系企業は今後,下請け企業や取引企業まで含めた雇用実態を把握しておく必要に迫られている。TPPではメンバー国であるなしに関わらず強制労働を採用していると見られる企業や国からの輸入も控えるべきとしている。
一方,昨今の外国人技能実習生に関する雇用問題をみても明らかなように,日本も例外というわけではない。今まさに,日本を含め,国家ならびに企業におけるグローバルなサプライ・チェーンを見据えた倫理的課題に対する取り組みが求められている。
TPP協定の大きな特徴として,労働章の規定と解釈又は適用に関して,TPP参加国間で生じる問題も「紛争解決章(第28条)」の適用対象となることが挙げられる。これは,ISDS(投資家対国家の紛争)ではなく,国家間の紛争解決手続きであるが,違反した場合はTPPで認められている利益の停止という,一種の経済制裁を発動できる仕組みを規定していることから,国際的な労働基準に達していないメンバー国の法律改正や監視体制の強化が進むことは必至である。
日本においては,企業の負担を軽減する枠組みの策定が急務である。たとえば,2016年末に策定された日本政府のSDGs実施方針には「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)」の策定が明記されたが,人権デューディリジェンスを促進するような政策など当該分野における企業のリスクや負担を軽減できるような政策の早期構築が求められる。
企業においては,SA8000やISO26000など関連する国際規格を取得するのも有効だが,伝統的な業績基準に加えて倫理面にも配慮した社員の採用と昇進,倫理的な企業文化の醸成や意思決定プロセスの導入,倫理責任者の任命,さらには,倫理に反する儲け話などに手を出さないといった精神的勇気を奨励する環境づくり,などへの対応を急ぐ必要がある。
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