世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1210
世界経済評論IMPACT No.1210

ハンバントタ港の真相と中国の教訓

唱  新

(福井県立大学 教授)

2018.11.26

 スリランカ南部のハンバントタ港運営権が中国企業に譲渡されることが米国のマスメディアを騒がせている。ニューヨークタイムズが2018年6月に「債務の罠」として報道してから,中国の「一帯一路」政策を問題視する論調が一気に高まってきており,その批判の的は主に,①中国側はスリランカへの融資を利用して,ハンバントタ港の譲渡を迫ったこと,②「一帯一路」は債務漬けにして,事実上の植民地に変える膨張主義戦略であること,③中国は将来ハンバントタ港を軍事的に利用する恐れがあることなどである。その中には,事実とはずれて,誇大的,憶測的内容もあるし,誤解を招いた報道も多いと言わざるを得ない。

 ハンバントタ港は中国の「一帯一路」構想を提起する前の2010年11月にすでに開業した。その経緯は以下のとおりである。2005年にラヒンダ・ラージャパクサ前スリランカ大統領が就任してから,長年の貿易赤字の累積と国内戦争,2004年のインド洋津波の被害などによる疲弊したスリランカ経済を立て直すために,一連のインフラ整備計画を打ち出した。その中の一つが彼の故郷にあるハンバントタ港の建設である。しかし,このハンバントタ港は経済中心地のコロンボから250キロ離れているし,港へアプローチする道路も整備されていないため,短期間では利益がないと事前のFS調査でわかった。

 それにもかかわらず,ラージャパクサ前大統領はまず,インドやいくつかの国際銀行に港湾建設に必要な資金提供を求めたが,そのいずれからも港湾の運営は採算性が低いという理由で断られた。結局,ラージャパクサは中国側に資金の提供を要請し,中国と交渉した結果,中国輸出入銀行は第1期建設プロジェクトに3億ドルの商業融資(金利6.3%),第2期建設プロジェクトに9億ドルの開発援助融資(金利2%)を提供し,港湾建設の工事は「中国港湾工程有限公司」と「中国水利水電建設集団」が担当するという形で,2008年1月に着工,2010年11月に完成・開業した。当時の港湾運営権はスリランカ港務局傘下の「ハンバントタ国際港湾集団」(HIPG)と「ハンバントタ国際港湾サービス公司」(HIPS)に帰属した。

 しかし,ハンバントタ港は開業してから,稼働率が低くて,経営不振に陥り,2016年末までに累積経営赤字が3.04憶ドルに上った。それと同時に,スリランカは外国政府や国際金融機関(IMF,世界銀行,アジア開発銀行)からの借款や国際金融市場での主権債発行の急増により,対外債務が急速に膨らんできた。

 スリランカ政府はIMFの救済条件を満たすために,2017年にPPP方式で,中国招商局港湾持株会社(以下,「招商局港湾」と略す)に99年の特許経営権を譲渡した。当時の出資比率は,招商局港湾は11.2億ドルの出資で,HIPGの85%の株を,HIPGはHIPSの58%の株を取得し,スリランカ港務局はHIPGの15%,HIPSの42%の株を持つ。

 譲渡契約には当港は軍事目的に使用しないという条項以外に,HIPGは段階的に招商局港湾の持株を買い戻し,招商局港湾は80年後,一株1ドルで,40%の持ち株を,99年後,1ドルですべての持株をスリランカ政府とスリランカ港務局に譲渡するという項目が盛り込まれている。

 招商局港湾は香港に本社を持ち,主に世界で港湾の投資,開発,運営に従事するHD(ホールディングス)である。1992年に香港取引所に上場し,現在,香港港をはじめ,中国国内の深圳,寧波,上海,青島,天津,大連などのハブ港及び世界18ヶ国の36の港湾に資本参加という形で,それらの港湾の開発と運営を行っている。今回,ハンバントタ港を買収する狙いは,インド洋のハブ航路に近い(10海里)ハンバントタ港の優位を活かして,当港をインド洋における重要な中継港と燃料補給港に仕上げていこうと考えている。その上,後背地に50平方キロメートルの工業団地及び観光施設の開発を通じて,輸出産業と観光業を育成し,スリランカの対外債務の軽減や返済に寄与しようと目指している。

 2018年1月に運営事業を引き継いでから,港湾の稼働率と現地の雇用拡大が順調に進んでいる。ハンバントタ港の開発に関しては,中国からスリランカへの資金提供から始まって,今回の買収案件もスリランカの債務返済のためにPPP方式で,民間企業の資本参加による港湾経営の立て直しにすぎないが,アメリカのマスメディアには、「港湾運営権の強要」とか,「植民地化する」とか,中国の「一帯一路」を非難する悪材料に利用されている。それには中国も警鐘を鳴らしている。

 中国側もハンバントタ港の案件では確かに建設プロジェクトの不透明さ,現地経済への寄与が少ないなどの問題があると反省しており,海外インフラ投資の主体である国家開発銀行も今後,外国金融機関との連携強化により,新興国へのインフラ投資の開放性,透明性,財政健全性を高めようとこれまでのインフラ投資のやり方を見直そうとしている。しかし,新興国のインフラ整備の開発援助により,現地の経済発展に寄与する,「一帯一路」政策の目指す方向は間違っていない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1210.html)

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