世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1074
世界経済評論IMPACT No.1074

1年後に迫るBrexitと想定される4つのシナリオ

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2018.05.14

 英国のEU離脱が1年後に迫る中,3月の欧州理事会で,①離脱後の事業環境激変を防ぐための「移行期間」の「大枠合意」が確認され,②「将来関係」の協議に関するEUの「交渉指針」が採択された。

 ①により,英国は2020年末まで「関税同盟」と「単一市場」に残り,従来と変わらぬ事業環境が保障されるため,在英企業のサプライチェーン変更等の加速が回避された。また②により,4月以降,包括的FTAを中心とする「将来関係」の「準備協議」が開始される。

 もっとも,「離脱条件」及び「移行期間」の「最終合意」へ向けては,①アイルランド・北アイルランド間の国境管理と,②「移行期間」中の紛争解決に関するEU司法裁判所の最終的管轄権,をめぐり英国とEUの溝は深い。また,「移行期間」の「大枠合意」により,企業の不確実性は低下したが,EUは,「全てにおいて最終合意が成立しなければ移行期間の合意を白紙に戻す」としており,No Dealのリスクが消滅したわけではない。

 「将来関係」についても,①単一市場への「参加の形」をめぐり,化学品,医薬品,航空等,セクター毎を希望する英国と,「いいとこ取り」は認めないEU,②「金融」分野のアクセスで,規制の相互認証により双方向のアクセスを目指す英国と,「同等性認定」の付与がせいぜいとするEU,③紛争処理で,共同で独立した機関の設置を目指す英国と,頑なにCJEUにこだわるEU,という形で対立点が残り,批准を考えた場合の実質的交渉期限である10月が半年後に迫る中,交渉は時間との戦いだ。

 「将来協定」まで視野に入れたBrexitの帰結としては,4つのシナリオが想定される。

(1)「秩序ある離脱シナリオ」。「離脱協定」については,前述の争点をめぐり「最終合意」へ向けた協議は難航も,政治・経済的打撃を考慮し,10〜12月にぎりぎりで合意が成立,批准が進み,英国は2019年3月にEUを離脱,「移行期間」入り。

 「将来関係」の交渉は,2020年末までに纏まらず,「移行期間」は2022年末まで延長。最終的に,①「低技能労働者冷遇,高技能労働者優遇」(含低技能労働者の移民数上限)の移民規制,②財分野は,関税はゼロに近く,数量制限もないが通関手続き発生,③サービス分野は,金融は一部規制での「同等性認定」に止まりパスポートは喪失,その他分野も一定の制限,という「将来協定」が結ばれ,英国の単一市場へのアクセスは相当低下。英EU離脱省の試算では,英EU間で「包括的FTA型」の関係が結ばれた場合,15年後に英国の実質GDPは,離脱無き場合に比べ4.8%ポイント下押しされる。

(2)「スムーズで穏健な離脱シナリオ」。「離脱協定」については,(1)と同様の動きを想定。ただし,保守党内のパワーバランスが,「EUとの関税同盟締結」を目指す労働党との連携も視野に入れた「穏健な離脱派」に徐々に傾き,英国の交渉方針がEUとの経済関係を最大限重視する方向へシフト。

 「将来協定」の締結時期はシナリオ(1)と同様だが,内容は,①英国によるヒトの移動の自由の制限は,移民が急増した場合の緊急措置の導入等に止まり,移民数のキャップは導入されず,②英国によるEUとの規制調和も最大限図られる,③単一市場へのアクセスについてはEUから最大限の譲歩が得られ,金融分野を除く,財・サービス分野においては現状に近いものが確保される。英EU離脱省による分析には該当するものはないが,「EEA型」(1.6%ポイント下押し)と,2国間FTA型(4.8%ポイント下押し)の中間の結果となろう。

(3)「無秩序な離脱シナリオ」。メイ英首相のBrexit交渉でのEUへの一方的譲歩に対し,保守党内の「強硬な離脱派」の不満が高まっている。不信任投票や,「離脱協定」否決の脅しを強める「強硬な離脱派」と,労働党との連携も視野にいれる「穏健な離脱派」の狭間でメイが動きが取れずに2019年3月末を迎える。英国はEUとの「協定無しの離脱」に追い込まれ,経済活動は混乱に陥る。英EU離脱省による分析では「WTO型」が該当,15年後に英国の実質GDPは,離脱無き場合に比べ7.7%ポイント下押しされる。

(4)「国民投票再実施,EU残留シナリオ」。企業及び消費者マインドが大幅に落ち込み,英国経済の減速傾向が強まり,徐々にBregret派が増加。こうした国民の支持に支えられ,労働党が保守党の「穏健な離脱派」取り込みに成功,メイによる「離脱協定」は,議会で否決される。解散・総選挙を経て労働党政権が成立,EU残留・離脱を問う国民投票を再度実施し,残留派が勝利する。EUも,現実的に対応,英国はEUに残留する。

 現時点で最も蓋然性が高いのは,(1)。労働党によるEUとの「関税同盟」締結への政策転換等により(2)の蓋然性が上昇し,これに続く。移行期間」での合意成立によって,(3)は蓋然性がこれまでに比べ低下,(4)の蓋然性は極めて低い。

 シナリオの蓋然性は,英国政治・経済,EUの政治状況・交渉姿勢により上下する。これら要因と交渉状況をウオッチし蓋然性の高い複数のシナリオを意識しながら,企業は柔軟な対応を心掛ける必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1074.html)

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