世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
内憂外患の荒波にもがくEU:右傾化,トランプ2.0,そしてウクライナ紛争
(多摩大学 特命教授)
2024.09.09
EUが,次々と迫る内憂外患の荒波にもまれている。右傾化の進展,トランプ2.0,ウクライナ紛争等が互いに共振しあい,影響を増幅させながらEUを襲う。
1.右傾化の進展
「EUを襲う右傾化の波と欧州グリーンディールの行方」(2024/3/4)で警鐘を鳴らしたが,①EU懐疑主義,②反移民・難民,③ウクライナ支援削減,④反欧州グリーンディール,等を掲げる右派ポピュリストは,イタリア,ハンガリー等5カ国で政権に参画,確固たる基盤を築きつつある。
右派ポピュリストは,6月の欧州議会選に於いても躍進,最大会派EPPに匹敵する議席(全体の26%)を獲得した。フランスのマクロン大統領は,この流れに歯止めをかけるべく下院解散の賭けにでた。しかし,ルペン率いるRN(国民連合)の勝利は辛うじて阻止したが,過半数を獲得する政党の無いハングパーラメントに陥り,首相指名まで2カ月を要した。ドイツでも2025年の連邦議会選の前哨戦となる9月の旧東独の州議会選で,AfD(ドイツのための選択肢)が欧州議会選に続き躍進,一方ショルツ政権の与党三党は後退が続き求心力の低下が著しい。
右派ポピュリスト台頭の背景にある,①グローバル化等を背景とした国民の格差拡大,②インフレ率の上昇と景気低迷長期化,③気候変動対策強化による大幅な負担増への反発,④難民急増による財政負担増や治安悪化への警戒,等は当面継続すると予想され,右傾化に歯止めがかかる兆しはない。
2.トランプ2.0
米大統領選は,共和党トランプ候補と民主党ハリス候補の間で大接戦が続く。ハリス候補勝利の場合,バイデン現政権の路線が継承されようが,トランプ2.0の場合,通商政策,気候変動政策,安全保障政策(ウクライナ支援,NATO)等で劇的変化が予想される。
トランプの通商政策は,中国からの輸入品に60%,その他の国からの輸入品に一律10%の関税を課す方針。EUにとり米国は域外輸出の2割(GDP比3%)を占める最大の輸出相手国で,関税引き上げによる輸出減の影響は甚大だ。間接的影響として,中国経済の下振れを背景に,域外輸出の9%(GDP比1.3%)を占める対中輸出減や,中国によるEUへの輸出ドライブ等が懸念される。
トランプの気候変動政策は,パリ協定からの再離脱や,バイデン政権下の気候変動政策の抜本的見直し,規制緩和による化石燃料生産拡大を示唆。EUは欧州グリーンディールを全政策の一丁目一番地と位置づけてきたが,急速な対策の実行によるコスト負担に対し,右派ポピュリスト主導でGreen Backlash(気候変動対策への反発と揺り戻し)のうねりが生じている。
トランプの安全保障政策は,同盟国に対し軍事費の負担増を求め,それが満たされない場合には同盟義務の不履行をも示唆する。2024年はNATO32カ国中,20カ国が目標であるGDP比2%以上の支出を達成したが(2023年は10カ国),トランプは前政権時に実施した独駐留米軍の一部撤退等のような関与縮小と同時に一層の支出増をEU諸国に迫るだろう。
3.泥沼のウクライナ紛争
東部戦線で劣勢のウクライナ軍はロシア クルスク州へ奇襲攻撃をかけ新たな戦線を開いた。作戦の評価は定まっていないが,両国の強固な継戦意思が確認され,停戦はより遠のき紛争の長期化は確実だ。米国は最大のウクライナ支援国だが,トランプは支援に後ろ向きで,トランプ2.0の場合,支援の大幅な縮小は不可避だ。その場合,EU諸国が肩代わりをせざるを得ないが,兵器の供給体制が不十分なことに加え,国民に支援疲れが見られる中での支援拡大には限界がある。
4.内憂外患のインプリケーション
第一に,景気下押しだ。ウクライナ紛争長期化はインフレ圧力を残存させ金融緩和を遅らせることに加え,トランプ2.0の貿易面を通じた下押し効果はEU経済の低空飛行を長期化させよう。特に,域内最大のドイツ経済は,貿易依存度が高いことに加え,ほぼゼロ成長が続く脆弱な状況にあり影響は深刻だ。
第二に,財政不安の再燃だ。EU各国は,コロナ禍での財政拡張を経て財政健全化の途上にあるが,①経済の低空飛行による歳入の伸び悩み,②軍事費拡大やウクライナへの支援拡大圧力の高まり,③右派ポピュリストによる財源の裏打ちの無い減税,補助金実施,等によって財政悪化の恐れがある。
第三に,世界的な気候変動政策の遅れだ。世界各地で温暖化による異常気象が頻発し気候変動政策の加速は待ったなしだが,米国のパリ協定からの再離脱のみならず,世界の気候変動政策をリードするEUの政策遂行が滞れば,逆に後退が生じることになる。
フォン・デア・ライエン欧州委員長は,一期目には気候変動政策として「欧州グリーンディール」,コロナ対策として「Next Generation EU」を打ち出し成果をあげた。二期目にはいかなる戦略を打ち出し強力なリーダーシップの下で道を切り開いていくのか注目される。
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