世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1058

バングラデシュの国難:緊迫するガス事情

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2018.04.16

 発電量の約60%が天然ガス発電,一次エネルギー供給の約70%が天然ガス。北海道と九州を合わせたくらいの広さの国土に1億6000万人の人口がひしめくバングラデシュは,あまり知られていないが,世界を代表する「天然ガス依存国」である。それを支えてきた国産天然ガスが,早ければ15年後には枯渇するという。バングラデシュは今,大きな国難,エネルギー危機を迎えつつある。

 その国難ぶりは,1970年代に2度の石油ショックに遭遇した時の日本の状況に,相通じるものがある。第一次石油ショックが発生した1973年当時,わが国の発電量の73%が石油火力発電,一次エネルギー供給の78%が石油で占められていた。そこに,第一次石油ショックで4倍,第二次石油ショックでさらに4倍,通算して16倍も原油価格が上昇したのだからたまらない。日本は,エネルギー危機という国難に直面することになったのである。

 この国難に対してわが国は,省エネルギーの推進や代替エネルギーへの転換などの手段で立ち向かった。日本の産業界は1970年代後半から80年代前半にかけて世界史に残る規模の省エネを実現したし,電力業界は原子力発電・LNG(液化天然ガス)火力発電・海外炭火力発電を三位一体的に推進して電源の「脱石油化」を急速に達成した。その結果,東京電力・福島第一原子力発電所事故が起きる前年の2010年には,日本の発電量に占める石油火力のウエートは8%,一次エネルギー供給に占める石油の比率は44%にまで低下した。

 問題は,国産天然ガスの枯渇というエネルギー危機に直面したバングラデシュが,日本と同様に国難を克服できるかどうかである。省エネ,代替エネルギー導入の順に,その可能性について考察してみよう。

 省エネに関しては,日本の東洋計器が取り組むプリペイド・ガスメーターの普及が,注目される。バングラデシュでは,天然ガスが需要家向けに定額料金で販売されているため,複数の需要家がガス配管を「枝分け」し,1需要家のように装う不法行為が横行していると聞く。また,そもそも,定額料金である以上,需要家に天然ガス消費を抑制しようというインセンティブも働かない。このような状況下で需要家ごとにプリペイド・ガスメーターを設置すれば,不法行為を防止することも,将来において定量料金制を導入することも可能になる。それが,ガス消費の抑制につながるのは言うまでもない。

 しかし,バングラデシュの場合,全体として見れば,省エネによってエネルギー危機を突破することは,きわめて困難である。と言うのは同国では,高率の経済成長が続くとともに,モータリゼーションが猛烈な勢いで進んでおり,さながら日本の高度成長期にも似た経済状況が現出しているからである。このような状況下では,省エネの推進という選択肢は,危機克服策としてはあまり機能しないだろう。

 そうであるとすれば,国難克服のための残された選択肢は,代替エネルギーの導入ということになる。もちろん,産業・運輸・民生の全分野にわたって天然ガス関連インフラが充実しているバングラデシュの現状を考慮に入れれば,新たな天然ガス田の探鉱・開発,LNGの輸入などの選択肢がまずは重要になる。しかし,これらの打開策には量的な面での限界があり,国産天然ガス供給の減少分をカバーすることはできない。そこで,どうしても代替エネルギーの導入が求められるのである。

 バングラデシュでは,南部のマタバリで,日本企業(住友商事・東芝・IHI)が参画する超々臨界圧石炭火力発電所建設のプロジェクトが動いている。中部のルプールでは,ロシア企業が原子力発電所を建設中である。代替エネルギーの導入が積極的に模索されているわけであるが,そのなかでユニークな取組みとして注目されるのは,既存の天然ガス関連インフラをある程度転用できるLP(液化石油)ガスの導入である。現実に,2014年に7.5万トンだったバングラデシュのLPガス輸入量は,15年には13〜15万トン,16年には30万トン,17年には50万トンと急伸しつつある。

 もちろん,天然ガス関連インフラのLPガス用の改造にはコストがかかるし,何よりもバングラデシュにおけるLPガス価格は天然ガス価格と比べて,はるかに高い(輸入LNGのウエート拡大により,天然ガス価格も今後,相当程度上昇することが見込まれるが,それでもLPガス価格に比べれば安い状況に変りはない)。これらのボトルネックが存在するにもかかわらず,LPガスの市場規模が急拡大し始めたのは,バングラデシュ政府が天然ガス使用を制限する措置を徐々に拡大しており,「ガス欠」を回避するためにはLPガスを使用せざるをえない「背に腹は代えられぬ」状況が広がりつつあるからである。

 筆者(橘川)は,2017年12月にLPガス海外市場調査のためバングラデシュを訪れたが,そこで見聞したのは,同国のLPガスのサプライヤー(元売会社)であるOmera Petroleum社やLaugfs Gas Bangladesh社が,近未来における市場の拡大を見込んで,積極果敢にLPガス関連施設の設備投資を進めつつある姿である。このうちOmera Petroleum社は,日本のLPガス大手のサイサンと折半出資で,2016年11月にOmera Gas One社を設立し,バングラデシュ国内でのLPガス需要の開拓に力を入れている(“Gas One”は,サイサンがガス事業において使用するブランドである)。その際,Omera Gas One社はバルグ供給を中心にして産業用・業務用需要を担当し,Omera Petroleum社はシリンダー供給を中心にして主として民生用需要を受け持つという,業務分担がなされている。バングラデシュでLPガス事業に取り組む際,日本企業と提携していることは,マーケティング上有益な効果を発揮すると聞いた。

 同時に見学させていただいたダッカ市内のOmera Petroleum社の特約店(専属のディストリビューター=卸売業者)のショールームは,活況を呈していた。同じくダッカ市内にあるバングラデシュで最大のタクシー会社,Toma社の車庫兼工場では,ガソリン車からLPガス車への改造が,次々と行われていた。Toma社は,今後,他社所有のものも含めてタクシーにLPガスを供給する,オートガス・ステーション事業を拡張する予定だという。

 バングラデシュは,天然ガスの枯渇という国難を克服することができるのか。特にLPガスへの転換に注目して,今後の推移を見守りたい。

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