世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TPP11参加にみるマレーシアの思惑とジレンマ
(福井県立大学地域経済研究所 教授)
2018.04.02
TPP11(正式名称は「包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP)」)の署名が3月8日,チリのサンチャゴで行われた。マレーシアが米国離脱後のTPP11に参加する理由及び意義については主に3点挙げることができる。まず,過去の苦い経験から,より厳しい要求が予想される米国との二国間交渉には与したくないとの思いが強いこと。次に,自国経済の押し上げ効果である。米大手格付け会社,ムーディーズはマレーシアが最大の受益国であるとし,その理由として,カナダやペルー,メキシコといった新市場への輸出機会を得て,パーム油やゴム,電気・電子部品部門が活発化する可能性を挙げている。アジア経済研究所など他の研究機関もマレーシアが最大の受益国という点では一致している。
もともと国内市場が狭隘なマレーシアにとって,持続可能な経済成長のためには海外市場との連結は不可欠である。このため,これまでも積極的に国際間の連結性を高めてきた。しかし,その基盤となるASEANについては,ASEAN共同体が設立されたとはいえ,域内の連結性に向けて整備が進むハード・インフラとは対照的に,ソフト・インフラに関しては,各国間の発展段階の違いや国内問題などから思うようには進まず,分野によっては早くもその効果を疑問視する声が上がっているのも事実である。一方,マレーシアとの連結性が急ピッチで拡大しているのが中国である。中国との関係は歴史的に低調な時代が長らく続いたが,建国以来,初のマイナス成長となった85年の経済不況の要因が一部先進国への過度の依存にあったとの反省から,マレーシアは南北ではなく南対南の経済関係促進に着手し,イデオロギー的問題に目をつぶってでも,中国を含む社会主義共和国との交易を促進することとした。以来,マレーシアの貿易総額に占める中国の割合は85年の1.5%から2016年には16.2%にまで拡大するなど,中国がマレーシア最大の貿易パートナーとなっている。また,中国にとっても,対ASEAN貿易の中でマレーシアは最大の貿易パートナーとなっている。一方,中国からの直接投資についてはこれまで比較的穏やかな伸びに止まっていたが,2016年には対前年比約4倍に膨張し同年最大の対馬投資国となっている。最近の中国からマレーシアへの投資の特徴として,中国経済にとって生命線である石油・液化天然ガスの輸送経路上の要となるマラッカに焦点を当てた「マラッカ・ゲートウェイ」構想をはじめとする国家的プロジェクトへの関与が目立つ。背景には「一帯一路」構想にナジブ首相がコミットしていることが挙げられる。これには,中国がナジブ首相の汚職問題で揺れる1MDBの発電部門に投資し経営不振な関連企業を買収したことでナジブ首相を支えたことが分岐点になったとの指摘がある。こうした中,国家的プロジェクトにも拘わらず,中国企業ばかりが選ばれるといった選考過程における不透明性を批判する声や発電部門といった国家の安全保障に係る資産を外国企業に譲渡するといった過度な中国依存を危惧する声も上がっている。なにやら,過度の依存や不透明性など内容こそ異なるものの85年の経済不況や97年の通貨危機当時のキーワードがちらほら見え隠れするのが気懸かりではある。
TPP11への参加は意図するしないにかかわらず,こうしたリスクを軽減する意味合いもあると捉えるのは穿ち過ぎだろうか。一方,TPP11とそこには含まれないインド,中国を含むRCEPとのコンビネーションによってバランスの取れた連結性を確保することが,今後,マレーシアにとって重要な課題となってくる。
最後に,実はマレーシアの将来を見据えたときに,TPP11参加の意義がもっとも大きいと思われるのは,部分的にせよ,マレー系優遇保護政策(ブミプトラ政策)の緩和が織り込まれていることである。これをきっかけに,さらなる競争環境の健全化が進めばマレーシア経済のボトルネックとなっている人的資本の蓄積をはじめ生産性の向上にも好影響を及ぼすことが期待できるからだ。特に,政府調達においては,ブミプトラ政策との絡みもあり,マレーシア政府はこれまでWTOの政府調達協定(GPA)も締結しておらず,日本とのFTAでも政府調達条項は設けていなかっただけに,TPP協定で政府調達章が設けられたことは画期的といえる。一方,対象となるのは連邦政府機関が中心であり,地方(州)政府機関や政府系企業(GLC)については対象外となっていること,さらには,基準額が設定され,外国企業は基準額以上の政府調達にしか参入できないなど開放は限定的ではあるが,これまでブミプトラ企業がほぼ独占していた分野に外資が参入するチャンスが生まれたのは意義深い。
マレーシアにとっても,「中所得国の罠」に嵌っているとの指摘がある中,競争力強化のためにはブミプトラ政策の緩和はいずれ避けて通れない道だったとはいえ,このような政策転換はTPPのような外圧なしには困難であったと言えよう。
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