世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
すさまじきもの,われもわれもとつかうまつり
(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)
2018.02.05
AIが技術革新を加速する云々と喧伝されている。技術革新の波に乗れなければ産業が後退して日本は二流国になる,みたいな事を述べる事情通,評論家,論説委員が目白押しである。このような言説・アジテーションに違和感を感じる。科学会重鎮の方々は,異口同音に基礎科学の重要性を唱える。(同感である)。しかし,我が国の課題は,大学・公的研究機関のタコ壺化,投資判断における企業経営者の洞察力,胆力の無さである。他方,具体的な解決策を明示しないであげつらうのは日本を貶めて喜んでいることと同類で,指摘が正しくても共感できない。
通常,技術は基礎研究と応用開発に分けて扱うことが多い。実務では,両者を橋渡しする学問分野がある。特に産業の土台である化学ではこの橋渡し役が必須である。基礎は主に量子化学,計算化学,分析化学,物理化学からなる。応用化学は有機・無機合成,高分子,石油化学などがある。これらを工業化するための橋渡し役として化学工学(移動論,熱力学,反応工学)がある。さらに,日本では珍しいが工業経営という学問分野もある。化学工学は,試験管で起こることをプラントで実現するために微積分を始めとした難解な数学と,物理と化学の専門知識を必要とするので,学位取得に他の分野の3倍の努力を費やすが,半世紀前と異なり努力に対するリターンが見合わないので学生に人気が無い。20世紀初頭に合成肥料製造を通じて現在の化学工学の体系を創り出したドイツでも衰退しているので,まともに講座が設定されているのは米蘭ぐらいになってしまっている。しかし,化学工学なしでは肥料や砂糖も大量に作れないし,排水処理などの環境対策もできない。流行りのスイート原料は,学問的には未知のことが含まれる最先端技術(動粘性制御)を用いて製造されている。
度々,IMPACTで述べているが,IT/AI(電子計算法)はたし算と論理学(Boolean)だけで構築されている。九九では2×9=18の一行で書き表すが,コンピューターは2=2+Null,4=2+2,…,18=16+2と計算を9回繰り返す。なお,Nullはゼロのドイツ語である。この極めて単純な算数が現在のITを支えている,即ち,電子計算法の論理は全く進歩していない。信号伝達の方法として,「先端の光通信があるじゃないか」と云われるが,これは量子を発見した(定義した)20世紀始めに基礎理論ができている。実用化は適切な屈折率を持つガラスやプラスチック開発のおかげである。
我が国の科学技術と産業の弱点は,化学工学のような基礎と製品技術を接着する学問を衰退させてしまったことである。化学工学は産業革命以降に発達した学問で,最大の応用分野がエネルギーと軍事産業である。誤解により,環境汚染の元凶であるように非難された時代もあった。米独蘭で発達した理由は第一次・二次大戦を戦うためであり我が国も戦前は同様であった(筆者の学んだ応用化学科では,多くの先輩が軍属として最前線で落命したことを授業で教えていた)。ミサイルは,電子,機械に加えて,燃料合成・精製,運搬・貯蔵,燃焼制御等が「ちゃんと飛ぶ」ために必要になる。しかし,現在の我が国のように,化学工学を勉強したくても研究費がない,学んだことを生かせない就職しかないのであれば応募する学生はいない。
産業技術は広範な分野をIntegrateして成り立っている。ITは端末があればできるように思われているが,それはITの全体の最下流部分である。電子立国と言ってもコピペ技術では無意味である。結局,新技術の土台は機械加工,物質合成関連なので今も昔も必要な時間はそれ程変わらない。AIで物質合成が簡単に探索・合成できるような話がでているが,遺伝子解析と混同しているようであまりにも短絡的である。30年以上前から合成化学ではスパコンで分子構造探索を行っている。出口部分だけを見て,技術の加速が進んでいるという見解はあまりにもナイーブである。
メディアや役所の「加速」大合唱は,「みな集まりきて,ものもうでする供に,我も我もと参りつかうまつり,…いとをかしうすさまじげなる」を彷彿とさせる。そして,「集まり念じたるに,…おとこもおんなもあやしとおもうふに,…あな験なしや」ということがしばしばあった,と清少納言によって記されている。1000年を経ても我々日本人は進歩していませんね。いと,すさまじ。
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