世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.976

後退する人民元の国際化

岩本武和

(京都大学公共政策大学院/経済学研究科 教授)

2017.12.25

 12月17日の『日本経済新聞』朝刊に「人民元国際化 立ち往生 日米超える金融緩和が壁に:元安・資本流出恐れ規制強化」という記事が,一面トップに掲載された。1年近く,この問題をフォローしてきた筆者にとっては,些か遅きに失した感があるが,本ウェブに掲載の拙稿「中国経済の減速と中国からの資本流出」(No.801,2017年2月20日)もご参照いただき,下記をご高覧願いたい。

 人民元国際化の肝は,中国本土の「オンショア人民元」(CNY)ではなく,中国国外,特に香港で2010年7月に創設された「オフショア人民元」(CNH)の動向である。人民元国際化の象徴的出来事として語られる人民元のSDRの構成通貨入り(2016年10月)は,「資産通貨」としての「オンショア人民元」の国際化である。しかし,一国通貨が国際化するには,国内でモノを買ったり送金したりするのと同じような便利さで,外国との売買でその国の通貨が使用されることが肝心である。こうして,「決済通貨」としての「オフショア人民元」の使用拡大が目指されたのである。

 例えば,日本のA銀行の香港支店(オフショア銀行)が香港でオフショア人民元(CNH)預金業務を認可され,日本のX企業がこの銀行にCNH預金口座を開設したとしよう。X企業の中国企業との取引によって生じた受け払いは,A銀行香港支店内のX企業のCNH預金口座で,人民元建てで行われることになる。こうして,CNH預金口座は,中国との取引に際しての「お財布」となるのである。

 もし,日本の銀行が中国本土でオンショア人民元(CNY)の預金業務を行い,日本の企業がそこに預金口座を開設し,中国の企業との人民元建て取引がこの中国本土のCNY口座で行われた場合,①日本の銀行が創造した預金は,中国のマネーサプライの一部となって,人民銀行の金融政策に大きな影響を及ぼし,②日本をはじめ,外国の銀行が中国本土で預金業務を行うことで,中国の商業銀行は淘汰されるなど甚大な影響を及ぼしかねない。したがって,中国本土(オンショア)とは明確に分離された,中国国外(オフショア)での人民元建て取引が盛んになり,CNH預金が急拡大したのである。

 実際,オフショア人民元預金は,人民元の国際化が本格化する2009年Q1には,わずか531億元に過ぎなかったが,ピークの2014年Q4には,1兆36億元へと,5年間で20倍近くも激増した。

 しかし,香港のオフショア銀行は,受け入れた非居住者による「オフショア人民元」(CNH)預金の深刻な運用に直面した。この隘路を打開したのが,非居住者による「オンショア人民元」(CNY)預金であった。低金利のCNHで借り,高金利のCNYで貸すという資金運用は魅力的であったのである。

 上海のオンショア人民元銀行間取引金利はSHIORと呼ばれ,香港オフショア人民元銀行間取引金利はCNH HIBORと呼ばれる。確かに2015年半ばまでは,3ヶ月物のSHIORと3ヶ月物のCNH HIBORの金利差は,大きいときで前者が後者より3%近くも高かった。こうした金利差がある限り,国際収支統計においては,金融収支の「その他投資」(現預金)での中国への資本流入が続くのである。

 BISの銀行統計によっても,非居住者(オフショア銀行)による中国への資本流入は,2009年Q1にはわずか1405億ドルに過ぎなかったものが,2014年Q3には1兆1071億ドルへと,わずか5年間で7.6倍も激増している。

 ところが,2014年後半以降,それまで急拡大してきた非居住者による「オフショア人民元預金」は減少に転じ,2017年Q1には一気に5072億元へとピーク時から比べて半減した。非居住者(オフショア銀行)による「オンショア人民元預金」も,2016年Q4には1056億ドルへと,ピーク時の1/3にまで減少した。SHIORとCNH HIBORの金利差も逆転し,CNH HIBORが,2016年2月には7%を超え,2017年1月には10%を超えるなど急騰した。国際収支統計において,中国が2014年以降3年間続けてネットで資本流出になっている背景には,こうした「人民元国際化の後退」があったのである。

 こうした,居住者によるオフショア人民元預金や,オフショア銀行によるオンショア人民元預金の取り崩しによる中国からの資本流出のきっかけには,連邦準備銀行による金利の引き上げと,それに伴う人民元安がある。これに対して中国政府は,資本規制の強化で対応しているが,それは資本規制の緩和を謳った人民元の国際化をさらに後退させることになる。今後は,米国だけでなく,欧州中央銀行も金融政策を正常化させる見込みであり,人民元と中国からの資本流出は,これからも注視していかなければならないトピックであろう。

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