世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.972
世界経済評論IMPACT No.972

AI時代の国際立地戦略

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2017.12.25

 「アルファー碁ゼロ」の出現により,AIの実用化が一段と高まった。「アルファー碁ゼロ」(以下「ゼロ」と呼ぶ)の凄さは日本経済新聞で紹介されたように「教材ゼロで超人に」なったことである(2017年12月10日朝刊)。「ゼロ」の概要はディープマインド社ネイチャー(David Silver, Julian Schrittwieser, Demis Hassabis, et. al. “AlphaGoZero:Learning from scratch”)で報告されている。「ゼロ」は,先輩の「アルファー碁」と違って人間から教材は与えられていない。教えられたのは囲碁のルールだけだ。「ゼロ」は学習開始から3時間は人間の初心者同様,石を取ることに執着したそうだが,19時間後には碁の「定石」や周囲への影響を独習した。自己対戦で1手毎に1600回のシミュレーション(約0.4秒)を行うという。実験3日目には,先輩の「アルファー碁」(AlphaGoLee)レベルに達し,21日目には世界最強の柯潔九段に3勝0敗で勝利したAlphaGoMasterを上回る強さを見せた。40日目にはAlphaGoLeeに100勝0敗,AlphaGoMasterに89勝11敗で勝利した。40日間の自己対戦は2900万局,学習中盤で強さが飛躍的に向上したという(「AlphaGoZeroの論文概要」)。「ゼロ」が編み出した新定石は,人間では理解できない謎のようだ。ついに機械が人間を凌駕してまった。グーグルを含むすべてのデジタル企業がこれに注目したことは言うまでもない。

 この「ゼロ」の機械学習を応用したら,ビジネスにどのような変化が起きるだろうか。ディープマインド社の最高経営責任者(CEO)兼共同創業者のデミス・ハサビスは,「最も衝撃的なのは,もはや人間のデータを用意しなくても済むことです」と述べている(“MIT Technology Review”)。彼は,「ゼロ」の構築に使った手法は,創薬や材料科学など様々な分野で利用される可能性があるという。どのような分野で実用化されるかは,各分野の専門家に任せるとして,ここではグローバルな立地戦略に与える影響を考えてみたい。

 アルファー碁のようなAIは,CPUやGPUおよび周辺機器から構成される。「アルファー碁」は,CPUが1,202個,GPUが176個で構成され,使用料で約29億円。消費電力は周辺機器を含めて20万ワットから25万ワットといわれている。人間の頭脳は消費電力に換算すると20ワット程度なので,「アルファー碁」は人間1万2000人分に相当する。人間の頭脳は発熱しないが,CPUの課題は集積度が進むほど発熱することだ。したがって,実用的規模のAIやAIを装備した大型データセンターを作ると,稼働のためだけでなく冷却用の電力を必要とすることだ。データセンターのコスト構造を見てみると,電気代が約15%,施設費が約15%,機器費が約55%,人件費が約15%,その他が数パーセントである(「世界的なエネルギー問題」(p.5))。電気代のうち,冷却機用が33%,湿度調整が3%である。IT設備に必要な電気代が約30%なので,冷却や空調にかかる電気代の方が大きい。この結果,データセンターの設置場所は,巨大な電力供給ができ,しかも冷却の必要が少ない寒冷で乾燥した場所がよいということになる。インテルの「データセンター立地選定」の3基準を見てみると,第一は環境条件であり,その地域の気候や過去の自然災害の有無。第二はワイド・エリア・ネットワークの存在。つまり,ファイバー回線および通信インフラの利用可能性とコスト。第三は電力であり,電力インフラの充実とコストである。それ以外に,インテルは用地取得の容易さ,脅威やリソースの近接度,建設環境に関する要素,および社会経済,労働,行政の各基準を重視している。

 AI・データセンター設置場所として,インテルの3基準を重視するのなら,自然災害や政治リスクが少なく,電力が安価で寒冷な場所が選択されるだろう。世界のデータセンター設置場所は,ヨーロッパの北側,カナダやアメリカの北部,日本の東北や北海道(石狩地方)に集中している。先進国で政治的に安定し,災害の少ない地域であること。これは巨額の投資を必要とするAI・データセンターには必須の条件である。次に,ワールドワイドな通信インフラが整っている都市ないしその周辺であること(北半球の先進国)。そして電力が安価であり安定供給が可能なこと,しかも再生可能エネルギーであること(火力発電はもちろん,原子力発電も避ける方が良い)。世界を見渡してこの条件に適合するのは,電力価格が最も安価と考えられるアメリカ,とくにオクラホマ,ワシントン,オレゴン,アイオワ,ミズーリである。グーグルのデータセンターはみなこの場所にある。フランスは電力が安いが原子力発電の比率が高い。比較的安価なのは韓国と中国であるが,政治リスクの危険がある。日本の電力価格はアメリカのニュージャージー州と同程度であるが,努力をすれば価格競争力を持てるようになるかもしれない。とくに北海道は立地場所(石狩平野)として期待が持てる(「さくらインターネット」)。

 結論を言おう。AIが普及する時代には,産業立地が先進国に向かって大きく移動する。すでにその兆候は見えている。数千台の人型ロボットが稼働する無人化工場は,「モノ」のインターネット(IoT)が生み出す膨大な情報の処理によって最適にコントロールされるが,そのためには大規模なAI装備のデータセンターが必要になる。これらは同じ場所に設置される必要はないが,政治リスクの回避,良好なネット環境,再生可能エネルギーによる安価な電力供給を前提とすると北半球の先進国が選ばれるだろう。20世紀までは安価な労働力を求めて発展途上国に工場が移動した。2020年以降はこれが逆転するだろう。北の寒冷地に最新鋭のFA工場を新設する企業が出てくる。寒冷地で電気代が安くネット環境が整った場所が,国際立地戦略の適地となるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article972.html)

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