世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.963
世界経済評論IMPACT No.963

欧州不安定化の懸念要因となったドイツ政局:組閣協議の難航から窺えるメルケル首相の弱点

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2017.12.04

 ドイツで新政権の樹立に向けた連立協議が難航している。9月24日の総選挙において,メルケル首相率いる中道右派・キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は予想された程得票できなかったものの,全体の33%を確保し,連邦議会における最大会派の座は維持した。しかし,従来の連立相手であった中道左派・ドイツ社会民主党(SPD)が選挙直後に下野する方針を明らかにしたことは,多くの関係者にとって想定外の事態であった。この結果,CDU/CSUが歩み寄れない極右・ドイツのための選択肢(AfD)や左派・左翼党を除くと,連立相手の候補は中道右派・自由民主党(FDP)と左派系環境政党・緑の党に限定されることとなった(通称ジャマイカ連合)。

 FDPと緑の党は,難民政策やエネルギー・環境政策等を巡って立場が大きく異なる。FDPは,難民政策に関して,緑の党が国内のシリア難民に家族の呼び寄せを認めるべきと主張していることを批判しているほか,エネルギー政策でも,自動車産業への影響を危惧して排ガス規制等に消極的である。EU政策についても,緑の党が統合深化に前向きであるのに対して,FDPは財政移転を伴うような域内協力に応じない構えである。

 このような構図の中で,予備交渉の開始直後から財務大臣をはじめとする主要ポストを巡って,3者の協議はもつれ,新政権における首相以外の布陣が見通せない状況となっていた。とはいえ,安定を重視するドイツ政治の伝統もあって,最終的にはジャマイカ連合が成立するとの見方が有力であった。しかし,3者は予備交渉の期限としていた11月19日を過ぎても合意に至らず,結局同20日の未明,FDPが会合の場を立ち去り,連立協議は決裂した。こうした展開を受けて,メルケル首相は,SPDとの大連立を模索している。

 今年のEUは,国政選挙の立て込む「政治の季節」がリスクとされている。その中で,オランダ,フランスと比較的穏当な結果が続き,夏まではむしろ域内統合深化に向けた気運が高まっていた。しかし,無風との期待を裏切ったドイツ総選挙以降,オーストリア,チェコも含めEU懐疑派政党の躍進によって,先行き不透明が再び高まっている。特に,欧州最大の経済国ドイツにおける政治空白の長期化が域内不安定化要因として急速に浮上してきた。

 ジャマイカ連合創設に向けた協議が決裂した直接的な要因は,FDPと緑の党の間で重要政策にかかる基本的立場の相違を克服できなかったことである。しかし,より本質的な要因は,メルケル首相と組むことは利益にならない,との認識が他党の間で浸透してしまっていることではないだろうか。

 メルケル首相は,中道右派政党に属しつつ,情勢に応じてこれまで柔軟に政策方針を転換し,ときに左派的な政策も進んで採用してきた。例えば,緑の党が脱原発を訴えることで国民の支持を伸ばしているとみれば,産業界の反対を押し切ってエネルギー政策を変更し,難民政策についても,テロの頻発を受けて難民に対する国民感情が悪化すれば,自身の心情を抑えて受け容れ抑制に舵を切ってきた。こうしたメルケル首相の臨機応変なスタンスは長期政権の確立に大きく寄与してきたが,その一方で他党からは「アイデア掃除機(Ideenstaubsauger)」として批判されることとなった。

 SPDでは,先の大連立を通じて党としての独自色を失ったことへの反省が下野を決めた動機となった。連立協議から離脱したFDPも,メルケル首相の政治手法を抱きつき戦略と批判していた。健全な政党政治の重要性に鑑み,メルケル首相主導の連立政権を良しとしない学識者も多い。

 ジャマイカ連合結成は一旦流れたものの,シュタインマイヤー連邦大統領が引き続き連立協議を目指すべきとの立場であるため,当面はSPDが連立に加わる方向で翻意するか否かが焦点となる。ただ,上述の理由からシュルツSPD党首が固辞することも十分考えられる。ドイツ基本法の第63条は,連邦議会で過半数の支持を得ることを首相就任・政権発足の条件としている。

 しかし,連立協議が成立する見通しが立たない場合,連邦大統領には少数与党内閣の樹立もしくは再選挙の実施を決定する権限がある。とはいえ,メルケル首相は不安定な政権運営を余儀なくされる少数与党の発足に否定的であるため,この場合には再選挙となる公算が高い。足許の世論調査では,CDU/CSUの支持率が32.0%と総選挙直前の時点からやや低下している一方,AfDは第3位(同11%)の支持を維持している。

 EUでは,12月中旬にユーロ圏加盟国首脳によるサミットを予定している。ここで域内の財政協調や銀行同盟の完成に向けた方策を議論した上,早ければ来年6月にも具体的な行動内容で合意することが期待されている。しかし,域内で最大の財政余力を有するドイツの政局が迷走するようでは,欧州の将来について議論を深めることは不可能である。仮に再選挙を通じてAfDが大きく票を伸ばすようなことがあれば,EUの運営が阻害されることにもなりかねない。EUは,来春に予定されているイタリア総選挙を前にして,再び正念場を迎えている。

 本稿で指摘したメルケル首相の弱点は,裏を返せば国内政治における同首相の圧倒的な強さの証明でもある。メルケル首相が安定的なかたちで第四次政権を運営するには,連立相手を立てるような気配りがこれまで以上に必要となるだろう。メルケル首相は,的確な情勢判断能力と卓抜した実績により,今の欧州で替えの利かないリーダーとなっている。前欧州議会議長のシュルツ党首が率いるSPDもEUの統合深化に前向きである。CDU/CSUとSPDが早期に再連立で合意し,欧州に安定をもたらせるか否か,という緊迫した状況が続いている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article963.html)

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