世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.937
世界経済評論IMPACT No.937

「一帯一路」建設参加に出遅れる日本の対応

朽木昭文

(日本大学 教授)

2017.10.23

(1)ロシアが中国人観光客で溢れている

 2017年9月にロシアのモスクワ・クレムリン宮殿とサンクトペテルブルク・エルミタージュ美術館に行った。そこは,規模が大きく,案内表示も悪いためチケットを買って入り口に到達するだけでも大変である。団体のツアー・コンダクターの声があちらこちらで響くが,多くが中国語である。どの場所も中国人観光客であふれていた。

 中国の旅行会社は,「一帯一路」沿線に力を入れ始め,観光商品を多く売り出した。そのためにロシア,トルコ,エジプトなどへの観光客が増え始めた。日本の1年間の観光客が漸く2016年に2000万を突破した。一方で,中国国家観光局の見積もりでは,中国と「一帯一路」沿線国との双方向の観光交流規模が,2500万人を超えている(武漢6月11日新華社)。中国商務省の9月14日の発表によれば「一帯一路」沿線の52カ国に対する中国企業の新規投資は1〜8月に85.5億ドル(1ドル112円,約9500億円)であった。

 1人当たり所得は,タイが5720ドルであり,マレーシアが1万570ドルであり,中所得国に属する。また,中国も7930ドルであり,中所得国であり,そこからの脱出を目指している。その中核をなす政策は,一帯一路建設である。

(2)一帯一路の地域的な広がり

 2017年5月に北京市で「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムが開催され,習近平主席は基調講演で参加国と友好協力を発展させたいと述べた。中国企業は,2017年1〜4月に61カ国1862件,318.5億ドルのプロジェクト契約を結んだ(中国商務省データ)。

 北京と「新疆」間の高速道路メインルートは7月15日に全線開通した。2017年の新疆の道路交通建設プロジェクトは,4410件で投資総額が7571億元(1元約17円,つまり約12.9兆円)である(新疆ウイグル自治区交通運輸長)。中国の上海港と「ギリシャ」のピレウス港の管理当局は,一帯一路建設を推進する取り決めを結んだ。

 中国商務省は,「中東欧」16カ国のうち13カ国と「一帯一路」協力推進に関する文書に調印し,双方の貿易と投資額が拡大していることを明らかにした。双方の貿易額は,2010年の439億ドルから2016年の587億ドルに増えた(北京6月5日新華社)。

 中国企業は,「ASEAN」への進出を加速している。広西北部湾国際港務集団は,ブルネイ―広西経済回廊の事業を推進する。上汽通用五菱自動車は,20社余りと同時にインドネシア・ジャカルタ郊外に工場を建設し,年産能力15万台を見込んでいる。

 また,「一帯一路」建設と国内政策に関しては,広州は,「広東自由貿易試験区」モデルのリード役である。「貴州省・広東省・広西チワン族自治区」の発展改革委員会は,6月に貴広高速鉄道の計画を発表した。この中心の広州は貴州につながる。したがって,広州の開放経済が貴州省の内陸を刷新・発展させる。

 「広東省,香港,マカオの政府の協力の深化,グレートベイエリア建設計画」が2017年7月に契約された。このベイエリア建設が「一帯一路」建設とつながる。香港はプロフェッショナル・サービス分野の海外展開に向けたプラットフォームを構築する(中井邦尚「ジェトロ通商広報」2017年8月24日)。

 「上海・嘉興・杭州イノベーション回廊」が高速道路沿いにハイテク集積エリアを建設する。この回廊は,4月時点で中国の11カ所の自由貿易試験区である。自由貿易試験区は対外開放の戦略地区であり,この試験区が「一帯一路」建設とつながる。

(3)上海協力機構(SOC)との「一帯一路」建設との連携

 2017年5月に北京で各国が「一帯一路」国際協力サミットフォーラムで,中国商務省と80余りの国が貿易円滑化協力イニシアティブの推進を共同提案した。上海協力機構(SOC)は,2017年6月にカザフスタンの首都アスタナで習主席の提唱により足並みを揃えることを支持した。中国とカザフスタンは,個別に連結性(コネクティビティー)を強化し,インフラ建設や交通物流などの分野で協力を深める。上海からモスクワに至る要衝にカザフスタンのホルゴスの物流基地がある(日本経済新聞2017年10月6日)。中国は,一帯一路の重要拠点にカザフスタンを位置づける。

 習主席と会見したロシアのプーチン大統領は,両国の協調を強め,SOCの協力を増進すべきだと述べた(中国通信6月9日)。習主席は,「一帯一路」建設とプーチン大統領が推進する「ユーラシア経済連合」の連携で国際・地域問題で協調と協力を緊密にする。

(4)日本についての心配な「一帯一路」建設への対応

 ロンドン・エコノミストも「一帯一路」建設に関する記事をたびたび掲載している。2017年7月22日付けでは,「中国人経済学者がこの建設により『赤い財閥』を形成しようとしている。中国企業は,進出した国で巨大すぎて反発を買い,敵対的な規制に遭遇しようと危惧している」とある。8月5日付けでは,「アメリカのジェネラル・エレクトリックの販売額の『一帯一路』建設プロジェクトからの設備オーダーは,2016年に23億ドルとなり,前年の約3倍になった。また,キャタピラー,ハネウエル,ABB,DHL,リンデ,BASFなどが恩恵を受けている。ドイツ最大の民間銀行・ドイツ銀行は,中国発展銀行といくつかの計画に出資する契約を結んだ」とある。

 過剰設備で停滞した中国は,「中国の重化化学産業の過剰設備の整理は終了し,すでに石炭や鉄鋼の価格は2016年の初めから2017年8月には2倍になった」ともある。

 日本の成長戦略は,IoT,AI(人工知能)対応,特に電気自動車対応など心配される点がある。成長戦略の基本は人材育成であるが,その他に特に「一帯一路」建設への日本企業の対応の遅れ,国としての対応の遅れが心配される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article937.html)

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