世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.803

日本の産業技術力が危ない

三輪晴治

(ベイサイト・ジャパン 代表取締役)

2017.02.27

世界産業構造の変化

 資本主義経済の歴史は,技術と産業のダイナミックな変化・進歩の歴史である。それはイノベーションの波の歴史でもある。その中で資本主義経済の発展のエネルギーで,好況,恐慌,大不況,回復,再発展という経済変動を起こしながら発展するが,その過程で産業構造が土台から変化し,新しいものになり発展するものである。同じ経済産業構造が永く続くものではない。そして大不況のトンネルの中から次の大きなイノベーションが起こり,再発展の産業エンジンが駆動するものである。

 21世紀に入り,こうした新しい技術と産業の地殻変動,進化が起こり始めている。100年続いた内燃機関エンジンによる自動車も,今や内燃機関エンジン,トランスミッション,マフラーなどが突如としていらなくなる電気自動車の世界がすでに目の前に押し寄せている。このような部品を製造していた企業の仕事が消えることになり,そうした企業が次の道をどう見つけるかで混乱が起こり始めている。そして電気自動車になって,これまでの車体構造も全く変わってくる。ウーバーがドライブしているシェアーエコノミーになると自動車の「スタイリング」という考え方も変化してくる。「マイカー」というコンセプトが変わってくる。AI,IoTによる自動運転自動車となると,自動車社会全体の構造が大きく変ることになる。近代の資本主義経済の発展の後を見てみると,イギリスの産業革命を起こした蒸気機関,精度と互換性によるマスプロダクション,工作機械産業,石油化学による樹脂技術製品,半導体技術によるエレクトロニクス,コンピューター,通信の世界。今や世界全体が繋がるIoTの世界へと発展してきている。出版業界,広告業界,商品流通・小売業もウエッブ,インターネットの技術で大きく地殻変動を起こしている。

 日本の問題は,こうしたイノベーションの波にうまく乗れていないことだ。新しいイノベーションの波が起こると,実際には日本は素早くそれに取り組み,大きな資金を投入して開発活動をするが,しかしそのイノベーションで産業化の段階に入ると,ビジネスは欧米の企業にやられてしまうケースが多いことだ。その一つの原因は,日本勢は基礎研究を十分しないで,すぐに実用化の開発に走り,中途半端な商品を造ってしまい,成功しない。更に問題なことは,日本は世界規模でのビジネス・モデルの構想が弱いために,最終的に新しい世界市場を制覇できないケースが多い。

ナノテクノロジー革命

 今もう一つ大きな新しい技術による産業構造の変革が起こっている。それは「ナノテクノロジー」である。ナノテクノロジーは,原子や分子レベルのスケール,つまり100万分の1ミリメートルのレベルで,素材の物性,電子的性質を理解し,素材の原子,分子をコントロールして,これまでとは似て非なるまったく新しい素材を開発するものである。これにより新しい市場を創造し,これまでの産業をリ・インベンションできるものである。

 1960年ころから走査型電子顕微鏡などの測定・分析技術が開発され,1975年くらいからナノテクノロジーという技術が産業に静かに浸透してきている。これが化学生物学にも入り,産業を大きく変えつつある。しかし殆どの既存の日本産業は,そのナノテクノロジーは別世界の出来事とみなしてきた。カーボンナノチューブ,ナノセルローズなどの技術がこれまでの産業の中に入り,まったく違った素材にして,新しい市場を創造しつつある。更にこれまでの素材の原子,分子の純度を上げ,不純物をコントロールすると,全く新しい素材になり,新しい市場が生まれることになる。これは超高純度の鉄として開発され,ある純度になると錆びない鉄,割れない鉄という,これまでの鉄の教科書にない全く新しい金属が生まれることが実証されている。こうしたナノテクノロジー技術が,静かに,既存の素材産業である鉄鋼業,非鉄工業,石油産業,繊維産業,食品産業,医療機器産業,電池産業,電子産業などまで入ってゆき,産業を「リ・インベンション」しようとしてる。この動きは国家戦略として各国は動き出している。日本もその国家戦略を誤ってはならない。

 これまでの産業では,比喩で言えば,物体,加工物を10メートル上から見て製造していたと言える。不純物のかたまりのような素材をベースにモノづくりをしており,金属素材は耐腐食性,強度,水素脆性,展性延性などの限界があり,その範囲で利用していた。身近な例をあげると,初期の自動車用のプラスチックス・バンパーで知ったことであるが,プラスチックス・バンパーがすぐ色褪せ,時間がたつとクラックが入るという問題があった。その原因が分からなかったが,ある時若いエンジニアが何気なく加工を終えたプラスチックス・バンパーを特殊な拡大鏡で見てみた。するとすでに最初から小さなぶつぶつのような陥没があり,クラックが入っていたことを発見した。これがその問題の原因であった。これはプラスチック成型の時空気を巻き込んでいるためであり,加工時の原料の混ぜ方を工夫するとそれは解決した。そうすると色あせることもなくなり,クラックも入らなくなった。これはほんの序の口である。これまでは自動車などの部品,製品の表面,内部をそのように拡大して見ることはなかった。これを分子・原子レベルで見てコントロールしようということである。これからの自動車は現在の自動車産業が持っている技術だけでは作れなくなる。このナノテクノロジーが必須となる。

基礎技術研究と計測・分析技術の衰退

 1980年ころから日本の経済成長の低迷をバックに,産業の競争の激化から日本産業はこれまで持っていた中央研究所を次々の廃止したり,リストラしてしまった。効率の上がらない研究開発は止め,「中央研究所さようなら」という動きがでた。これはアメリカの大企業も同じ動きをとったが,しかしアメリカは国家で基礎技術研究はしっかりと続けていった。とくに産業技術の基礎となる「計測技術・分析技術」はアメリカ,ドイツはこれを堅持してきた。

 日本のある大手鉄鋼業のトップであった人は,ここ10年で日本鉄鋼業は合併によって大きくなっているが,その技術力,特に基礎技術は音を立てて衰退していると嘆いている。この原因は計測部門・分析部門は付加価値を生まないとして,その部門を子会社にしたり,最後にはその計測・分析作業をアウトソースすることになった。現在必要な分析作業はドイツ,アメリカの計測・分析企業に依頼していることがあると言う。依頼することはこちらの技術の狙いが全部見られてしまうことになる。これでは新しい商品は開発できないし,現存商品の性能が劣化するし,そのために日本の鉄鋼業の技術開発力は急速に衰えてきており,中国,インドの鉄鋼産業に追い越されると心配している。これは日本半導体産業の衰退にも表れている。

 1980年以降,日本もアメリカに言われて何でも民営化で,国立大学も独立行政化し,「儲ける大学」にしてしまい,金になりそうな目先のテーマだけを追いかけ,本当の科学・技術の基礎研究がなおざりにされている。これまでの日本のノーベル賞受賞者は30年前までのこれまでの大学における過去の基礎研究努力で生まれたもので,この30年はそれが衰退したので,これから当分は日本からノーベル賞受賞者は出ないであろうとノーベル賞受賞者が嘆いている。その基礎は「科学・技術の基礎研究開発力」であり,計測・分析技術である。それが衰退してきているし,それを支える人材を育成しなければならない。中国はここ20年「科学」に重きを置いていることを忘れてはならない。

 これからのビジネスは「世界標準」を獲得し,世界市場をリードしなければならないが,日本はそれが弱いと言われている。基礎技術研究,そして計測技術,分析技術という基礎技術がなければ,世界標準は取れない。日本はこれを国家戦略として強化しなければならない。

国力とは軍事力ではなく経済力と科学技術開発力

 1980年ころ日本はGDP世界二位になり,日本の国力が俄然浮かび上がってきて,ジャパンアズナンバーワンと言われ,世界での発言力が高まった。しかし2010年中国にGDPで抜かれ,中国の態度が激変してきたことは周知の事実である。同時に日本の影が薄くなってきた。本当の国力は,経済力,産業技術力であり軍事力ではない。この半世紀世界は戦争を繰り返してきたが,結局戦争では解決できないことがわかってきた。政治だけで旨く立ち回ることはできない。これからの国力は,産業技術開発力であり,人類にとって望ましい社会環境をどう創造してゆくかの科学・技術力が国の力であることを理解しなければならない。

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