世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.796

漂流する大統領令

平岩恵里子

(南山大学外国語学部 准教授)

2017.02.13

 米国では一部のイスラム教国市民の入国を禁止する大統領令を巡り混乱が続いている。感情的な思いが先に立つが,本稿ではそこから少し離れ,新聞やシンクタンク等からいくつか視点を拾ってみる。

 まず,ニューヨークタイムズ(1月31日付)(注1)。入国禁止の対象となった7カ国(シリア,イラン,イラク,イエメン,ソマリア,リビア,スーダン)からの移民が米国に住むすべての外国生まれの人々に占める割合は2%。彼らの教育水準は米国民平均よりも高い場合が多く,特にシリアとリビアからの移民は,修士以上の教育を受けている割合が高い。イラン,シリア,リビアからの移民は,エンジニアや管理職,教職に就く場合が多く,収入も米国民の中央値(US$54,645)より高い。大雑把な傾向として,彼らの多くは90年代以降に入国しており,市民権を得ている割合は外国生まれ全体の平均(46.6%)より高い。住む場所も,出身国ごとに傾向はあるがほぼ全米各地に散らばっている。最も多いのは南カリフォルニアとデトロイト周辺。対象となった7カ国からの移民はおよそ856,000人いるが,国内のテロ攻撃データベースを持つシンクタンクによれば,9.11以降,国内で起きた暴力事件(violent attack)の犯人として検挙されたのはそのうち3人である。また,9.11以降のテロ攻撃犯のほとんどは今回の対象国出身者ではなく,ほぼ米国生まれ,である。9.11やボストンマラソンでのテロを身近で経験した人々は,その個人的な思いからイスラム教国からの移民禁止を支持する。ボストンマラソンのテロ実行犯はチェチェン共和国出身だが,難民として米国に入国したとされ,「米国の親切を仇で返した」と感じる人もいる。本人が,あるいはその家族や友人がテロに直接遭遇していなくても,日々,スマートフォンやタブレット端末に流れてくる国内外のテロ映像によって漠然とした恐怖を抱く人々もいる。そうした感情が,48%(支持する)対42%(支持しない)で大統領令を支持している。

 ワシントンDCの移民研究のシンクタンク,Migration Policy Institute。「壁は不法移民に効果を発揮するか?」と題した考察(注2)での結論は,「効果はない」。9.11以後,自国民の安全最優先が政府の責任として正当化され,空港管理強化,ネット上のコミュニケーション監視,生体認証による個人管理,そして国境上の「壁」も積極的に建設されてきた。しかし,そもそも人が「壁」を越えるのは常に危険が伴う。壁の増加は死者の増加を招いたに過ぎなかった。エルパソ‐サンディエゴ間に壁が建設されたとき,カリフォルニアで国境を越えようとして亡くなる人は減少したが,その代わりアリゾナ州で死者が増えた。不法に国境を越えようとする人々は,目の前の壁を迂回してより危険な地域から国境を越えようとするからだ。アリゾナ州ツーソンでは,1990年代は越境に失敗して亡くなるのは毎年20名ほどだったが,2000年代には毎年200人が亡くなり,その後さらに増えている。不法移民は壁があってもトンネルを掘る(実際,数多く発見されている)。そもそも壁は上空を越えてしまえるし,強力な爆弾を使えば簡単に壊せる。建設コストもばかにならない。管理をするならGPS機能を使った方がスマートだ。ではなぜ? 壁は政治家にとって不法移民対策スローガンの「目に見える」成果となるからだ。

 経済学的には,シンプルなモデル分析からは,移民は受入れ国全体の厚生水準を上げることが分かっている。実証分析によっても,おおよそそれは支持される。短期的にはその分配に偏りが出ることも指摘されているが,乱暴にまとめてしまうと,「移民は職を奪うし賃金水準を下げる」ことを積極的に支持する根拠を見出すのは難しい。

 国際法上,外国人の入国はどう考えられているか。「各国は相互に外国人の入国をみとめるべき国際慣習法上の義務はなく,人権保護に関する国際法の発展の現状をもってしても,原則としてそのような義務の存在を期待させるまでには至っていない。したがって,各国は,その国内法秩序の範囲内でかつ平等原則に反しない限り(下線強調筆者),原則として理由を示さずに外国人の入国と在留を拒否したり,その条件を自由に定めることもできる」(注3)入国を個別に拒否したり,入国を許したりする点において「大幅に各国の国内法の定めに委ねられている」。こうしている間にも,ワシントン州の連邦地裁が入国制限の差し止めを命じる仮処分を下した,とのニュースが入ってきた。トランプ大統領はさっそく“ridiculous”と感情的なツィートをしているようだ。

 移民は米国にとっていつも国内問題の対象だったし,議論も政策も振り子のように揺れてきた。今回はその揺れが感情でもってプチンと振り切られてしまって,漂流し始めたかに見える。低所得・低スキルの移民に対する制限もすでに検討されていると聞くが,合理的な反発力が働き始めるのもまた米国である。その反発力に注目してこうと思う。

[注]
  • (1)“Where Immigrants From Banned Nations Live in the U.S.”, The New York times, January 30, 2017
  • (2)Borders and Walls: Do Barriers Deter Unauthorized Migration? Migration Policy Institute, October 5, 2016.
  • (3)山本草二(1994)『国際法』(新版),有斐閣。

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