世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.793

トランプ新大統領とエネルギー・環境政策への影響

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2017.02.06

 2017年1月,ドナルド・トランプが,第45代アメリカ大統領に就任した。トランプ大統領の登場は,エネルギー・環境政策にどのような影響を及ぼすだろうか。本稿では,二つの論点を掘り下げたい。

 一つ目は,地球温暖化対策に対する国際的枠組みであるパリ協定へのネガティブな影響である。2015年12月にCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)で締結されたパリ協定は,大方の予想より早く,16年11月に発効した。しかし,中国と並ぶ2大温室効果ガス排出国であるアメリカで,地球温暖化自体に懐疑的な政権が誕生したことで,パリ協定遂行の勢いはそがれることになる。パリ協定からのアメリカの離脱は,協定の規定上,すぐには起こらない見通しではあるが,温暖化対策に積極的だったバラク・オバマ前大統領から温暖化対策に消極的なトランプ新大統領への「180度の転換」は,パリ協定締結以降高まりをみせる地球温暖化対策の動きに水を差すことは間違いあるまい。

 ただし,ここで注意を要するのは,オバマ前大統領の積極的に見えた地球温暖化対策も,じつは,アメリカでのエネルギーをめぐる市場原理を反映したものに過ぎなかったという,冷厳な事実である。2000年代中葉からシェールガス革命が進行したアメリカでは,天然ガス価格が低下し,天然ガス価格が石炭価格を恒常的に下回るという,他国・他地域ではみられない例外的な現象が定着した。この現象を受けて,火力発電所等で石炭から天然ガスへの燃料転換が起こり,結果として,二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの排出係数は低下した。オバマのいわゆる「グリーン・ニューディール」は,自らの政策の成果というより,この市場の変化の恩恵とみなした方が,正確であろう。

 そうであるとすれば,トランプもまた,アメリカでのエネルギーをめぐる市場原理から自由でありえるはずがない。トランプがいくら「石炭の復活」を唱えても,シェールガス革命が継続し,天然ガス価格が石炭価格を下回り続ける限り,石炭復活の効果には限界がある。つまり,アメリカの温室効果ガスの排出係数は低下傾向を維持する可能性が強く,トランプがどんなにパリ協定を攻撃したとしても,地球温暖化対策を重視する世界の流れに,アメリカが結果として乗り続けることになるかもしれない。パリ協定が,各国が独自に目標を掲げ,その達成具合を国際的にチェックする「プレッジ・アンド・レビュー」方式をとっていることも考え合わせれば,全体的に見て,トランプ大統領の登場によってパリ協定が受けるダメージは,限られたものにとどまるだろう。

 二つ目は,米露関係の変化が日露間のエネルギー問題に及ぼす大きな影響である。

 2016年12月のウラジミール・プーチン大統領の来日に際して,事前には,北方領土問題や日露エネルギー協力問題に関して,大きな前進があるのではとの期待が高まっていた。オバマ大統領がリーダーシップを発揮し,日本を含むG7諸国が参加したウクライナ問題での対露制裁に風穴をあけるため,ロシアのプーチン大統領としては,G7諸国の中で相対的にロシアに近い姿勢をとってきた日本に歩み寄りをみせる必要があったからである。このロシアによる「日本カード」の活用は,16年11月のアメリカ大統領選挙で,メディアの予想通り,ヒラリー・クリントン候補が勝利するという見立てにもとづくものであった。ヒラリー・クリントン大統領が誕生すれば,対露制裁は継続し,「日本カード」が意味を持つ……そうなるはずであった。ところが,現実には,大統領選挙で勝ったのはヒラリー・クリントンではなく,トランプであった。トランプは,政治家としてのプーチンをきわめて高く評価しており,トランプ大統領の登場によって,米露関係が劇的に好転し,対露制裁も解除ないし緩和される可能性が出てきた。そうなれば,ロシアにとって,「日本カード」の意味は低下する。プーチンとしても,領土問題やエネルギー協力問題で,日本に「譲歩」する必要はなくなる。このような状況変化を受けて行われた16年12月のプーチン来日では,日本は,ロシアから目に見える成果を引き出すことができなかったのである。

 想定されていた日露エネルギー協力には,ロシアの国営石油会社株式の一部を日本が保有する,サハリンの天然ガス田と日本のガス需要地とを海底パイプラインで直結する,ロシアの極東地域ないしサハリンと北海道とのあいだに海底送電線を敷設するなど,かなり重要な内容も含まれていた。それらすべてが,トランプ大統領の登場によって,先送りされたのである(そして,立ち消えとなる可能性も強い)。

 本稿では,トランプ大統領の登場がエネルギー・環境政策にどのような影響を及ぼすかについて,二つの論点を取り上げてきた。このほかにも,2018年に迫る日米原子力協定の改定に関してトランプ大統領がいかなる方針で臨むかなど,重要な論点がいくつか存在する。それらについては,別の機会に論じることにしたい。

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