世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.784
世界経済評論IMPACT No.784

茶番ですらない日本政府の予算編成

熊倉正修

(駒澤大学経営学部 教授)

2017.01.23

 安倍内閣は去る12月22日に2017年度の予算案を閣議決定した。それによると,来年度の一般会計の歳出総額は過去最高の97.5兆円,税収総額は57.7兆円になるという。税収の推計値は過大である可能性が高いが,それが得られた場合でも40兆円近い歳入不足が発生する。ところが新規国債の発行額は今年度の実績を下回る34.4兆円にとどまるという。その差を埋めることになっているのが税外収入,なかんずく外国為替資金特別会計(外為特会)からの繰入金である。

 一般会計の歳入不足を糊塗するために特別会計が利用されるのは今に始まったことでないが,毎年こうした茶番が行われているのを見ていると,この国がまともな先進国だとはとても思えなくなってくる。新聞報道によると,日本政府の借金が1,000兆円を優に超えているにも関わらず,閣議決定後の記者会見において麻生太郎財務相は「借金の多さだけでなく,それに見合う資産も計算しないといけない」,「円は極めて安定した通貨として,信用のある通貨にのしあがってきた」と述べている。こうした発言がきわめて不誠実であることは,一般会計と外為特会の間の資金のやりとりを見るとよく分かる。

 外為特会とは,政府が円の為替レートを安定させ,公的外貨準備を健全に管理するために設立された特別会計である。しかし今日の外為特会はそうした本来の目的から大きく逸脱した存在になってしまっている。日本政府はしばしば円売り・ドル買いの為替介入を実施するが,その際に必要となる円資金は外為特会が政府短期証券(Financing Bills,FB)を発行して調達することになっている。FBは一会計年度内の歳入と歳出のタイミングの違いをブリッジすることを目的とした債券であり,年度末までにすべて償還される筋合いのものである。しかし外為特会が発行するFBは満期が訪れるためにロールオーバーされ,実質的に満期のない国債になってしまっている。

 政府は円高対策のための円売り・外貨買い介入には熱心だが,円安になっても円買い介入を行わないだけでなく,いったん購入した外貨資産が生む利息収入も(売れば円高になるという理由で)外貨のまま再投資している。したがって外為特会の保有外貨は累増するだけで減ることがなく,いったん発行したFBも無期限でロールオーバーするしかない。日本政府が巨額の負債と金融資産を同時に抱え込んでいる背景にはこうした無計画な財政運営があり,それは何ら誇るべきことでない。

 しかしそれではなぜ政府が外為特会から一般会計に資金を繰り入れることが可能なのだろうか。その理由は以下の通りである。まず,日本では一般会計も特別会計も時価ベースの会計を行わず,旧来の簿価原則で経理を行っている。外為特会の場合,年度内に円高が進んで外貨準備の円評価額が目減りしても,年度末の決算にはまったく影響しない。したがって年度中に為替介入が行われなかったとすると,収益の大半は既存の外貨準備が生んだ利息,費用のほとんどは既発FBのリファイナンス・コストとなる。現時点では日本銀行が短期金利をゼロ未満に抑え込んでいるから,FBのロールオーバー・コストはマイナスである。一方,保有外貨がどれだけの利息収入を生むかはそれをどのような資産に投じるかにかかっている。財務省の資料によると,一般会計の台所事情が悪化するにつれて外為特会の外貨資産に占める長期債の比率が高められてきただけでなく,近年は購入した外債をレポ取引に出したり外貨を一時的に円転したりして利鞘を稼ぐことも行っている。すなわち,リスクをとって会計上の収入を増やし,少しでも一般会計への貢献を増やす努力が行われているわけである。

 ただしそうして稼いだ収益は外貨のまま再投資されるので,そのままでは他の目的に使用することができない。そこで財務省は会計上の収益が生まれたことを根拠として,新たにFBを発行して(すなわち新たに借金をして)円資金を調達し,それを一般会計に回している。このコラムの執筆時点のFB発行残高は80兆円強だが,為替介入を目的として発行されたものはそのうち約半分にすぎず,残りはこうした会計操作を行うために発行されたものである。2017年度の場合,2015年度の外為特会の剰余金(決算利益)から一般会計に繰り入れることが決まっていた資金が3千億円強あり,それに加えて2016年度の剰余金のすべてが繰り入れられることになった。これらを合わせると3兆円弱になると思われるが,これは消費税1%分を優に上回る大きな金額である。

 こうした会計操作が不健全であることは論を俟たない。外為特会が生んだ収益は円転してFBの償還に充てるのが筋であり,それを放置したまま国債の発行額を減らしても政府の借金が減ることはない。また,そうした操作は政府が長期国債を発行して調達すべき資金を超短期の借入金で賄っていることを意味し,政府部門全体の財務の脆弱化を招く。さらに,こうした会計操作の道が開かれていることによって政府の財政規律が弛緩すれば,そのことも財政破たんの可能性を高めることになる。私たちはギリシャの財政破たんの背景に政府の会計操作があったことを想起すべきである。

 外為特会は民主党政権時の事業仕訳の際に抜本的な改革を求められたが,その後,政府は一般会計への繰入を停止して財務の健全化を図る代わりに外為特会の積立金を丸ごと廃止してしまった。現時点で最新の決算資料(平成27年度)において外為特会は資産超過になっているが,この決算は1ドル=118円の為替レートにもとづいている。筆者の推計によると,現時点の円ドルレートの均衡値は90円未満である可能性が高く,この為替レートで計算すれば巨額の含み損が発生するはずである。年初の『日本経済新聞』のインタビューで菅義偉内閣官房長官は自分たちが為替の危機管理を行っているから円安になったと力説しているが,それはいったい誰のための危機管理なのだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article784.html)

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