世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4011
世界経済評論IMPACT No.4011

混迷する政局と財政・社会保障制度の行方

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2025.09.29

 参議院選挙の与党大敗を受けて石破茂首相が辞任に追い込まれ,自民党は新総裁選の話題で持ちきりである。総裁候補者の経歴や信条には多少の違いがあるが,誰が当選しても自公が少数与党であることに変わりはない。連立拡大も取り沙汰されているが,与党内野党が増えると一貫性のある政策運営がますます難しくなるだろう。

 今回の参院選の台風の目は参政党だったが,国民民主党も2024年の衆院選や6月の都議選に続いて躍進した。

 参政党は全ての選挙区に候補者を擁立し,万遍なく票を獲得した(図1)。その点は自民党と同じだが,自民党に比べて大阪府などの都市部の集票率が高かった。

 一方,国民民主党は首都圏や京阪神地区に集中的に候補者を擁立し,そこで多くの票を獲得して議席を増やした。同じ都市部の中間層を票田とする公明党はその煽りを受ける形で多くの議席を失った(図1)。

 与野党は支持者の年齢構成の点でも対象的である。NHKの調査によると,自民党と公明党は50代以上の支持者が多く,参政党と国民民主党は40代以下の有権者の支持を集めている(図2)。ただしどの年齢層も無党派層が非常に多い。

 もともと自民党の票田は地方の小規模事業者や中高年層であり,公明党の都市票を取り込むことで何とか与党の座を維持してきた。しかし地方の過疎化に歯止めがかからず,都市部の住民の中には親や祖父母の代まで辿っても地方にルーツを持たない人が増えている。そうした人たちは石破首相が取り組もうとしていた地方創生などにほとんど関心を有していないと思われる。

 一方,国民民主党の「手取りを増やす」というスローガンは都市部の現役層の関心を集める戦略としては効果的だった。自公政権はこれまで国民が嫌がる増税を避けつつ,社会保険料の料率をジリジリ引き上げることで高齢者優遇政策を何とか維持しようとしてきた(図3)。

 しかしこの戦略はもう限界である。これまで国民の間で増税より社会保険料の負担増の方が受け入れやすかったのは,後者はいつか自分たちに返ってくると考えられていたからだ。しかし現役世代は自分の支払う社会保険料が高齢者の福祉に回されてしまい,自分の健康や老後の安心が担保されてないことに気づいている。だから税だろうが社会保険料だろうが取られたら負けだ,とにかく手取りを増やせというスローガンが若い勤労世代に受けているのだろう。

 徴税を避けて社会保険料に頼る政策は財政政策としても好ましくない。社会保険料は所得税の所得控除の対象なので,社会保険料を増やせばその分だけ課税ベースが縮小する。大多数の国民にとってはすでに所得税より社会保険料の負担の方が重くなっているが,2025年度から予定通り所得税の非課税枠が引き上げられると,その傾向はさらに強まるだろう。

 それにもかかわらず,与党も野党も減税の話ばかりしている。ここ数年は税収の上振れが続いているため,減税を行っても大丈夫だと考えているフシがあるが,それが正しいかどうかは疑問である。

 アメリカに15%の相互関税を課されても景気が一気に減速しなかったのは,2022年以降の超円安によって輸出企業が利益を出しやすい環境にあったからだ(図4)。日本の上場会社の中には輸出や海外事業への依存度が高い工業製品メーカーが多く,為替が業績と株式相場に直結しやすい(図4)。株高によって景気が好転し,賃金が増加すると法人税収と所得税収が一時的に増加する。

 しかしこれ以上円安が進めば物価高に拍車がかかり,国民の反発がいっそう強まるだろう。逆に円高が進むと株価が急落し,景気悪化と税収減が避けられなくなる。景気と税収が落ち込む中で野党が政権を奪取しても,かつての民主党と同じく,すぐに身動きが取れなくなるだろう。

 今日の日本の本質的な問題は,世帯内の相互扶助に依存する旧来の社会システムが少子高齢化によって崩壊しているにもかかわらず,その代替となる社会保障制度を国民全員で支える決意ができていないことだ。

 政府はしばしば社会福祉を「世代間の助け合い」だと説明するが,これは誤りである。現代の社会保障制度は,これまで家庭内で多くの困難を伴いながら行われていた介護や養育のケアを社会化し,その負担を国民全員で分かち合おうとするものだ。それを成立させるために不可欠なのは「世代間の助け合い」ではなく,「世代内の助け合い」と「世代間の合理的な契約」である。

 高齢者に医療や介護のサービスを提供できるのは成人の現役世代だけである。現役世代にそうした労働を担わせるのなら,それに対する十分な報酬を支払わらなければ彼(女)らが生活できなくなる。したがって高齢者の医療や介護の予算は高齢者間で融通し合って捻出すべきものであり,そこに情緒的な「世代間の助け合い」を持ち込むべきでない。労働も資金も現役世代に頼るのでは,彼(女)らの反発を買うのは当然である。

 政府は少子化対策の予算も公債や既存の社会保険制度を通じて捻出しようとしているが,こうしたやり方は好ましくない。公債発行残高の増加はただでさえ脆弱な財政をいっそう不安定化させる。また,「異次元の少子化対策」などの名目で雇用保険や医療保険の目的外利用を増やしていくと,国民の社会保険制度への不信感がますます強まるだろう。逆進性の強い社会保険料に頼る政策は,所得再配分の観点からも問題である。防衛費の増額分も含め,国家の安心のために必要な資金は正面から国民に負担を求めるべきである。

 「税は取られたら負け,阿る時以外,お上は遠ざけておく」というのは江戸時代の農村社会の発想だが,それがなかなか抜けないのが私たち日本人である。しかし合わない辻褄を合わせようとする与党と甘言ばかり弄する野党に政治を任せておくと,最後にそのツケを支払わされるのは国民である。そのことを肝に銘じながら政治と経済政策の行方を監視しようではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4011.html)

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