世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.727
世界経済評論IMPACT No.727

ASEANにとってのTPPの意義

石川幸一

(亜細亜大学 教授)

2016.09.26

 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はP4(Pacific4 正式名称は環太平洋戦略的経済連携協定)を拡大発展させたFTAである。P4には,ASEANからシンガポールとブルネイが参加(他の2カ国はチリとニュージーランド)していた。TPP交渉開始に,ベトナムが参加し(最初はオブザーバー),その後,マレーシアが交渉に参加していた。ASEANからのTPP参加国は,シンガポール,ブルネイ,ベトナム,マレーシアの4カ国である。

 TPP大筋合意後,フィリピン,インドネシア,タイがTPP参加への意思あるいは関心を示している。2016年2月15日,16日に開催された米ASEAN首脳会議でオバマ大統領はTPPに参加していない6カ国にTPP参加を呼びかけたと報道されている(注1)。タイを含めASEAN諸国のTPP参加は増加する可能性が高い。

米国とのFTA締結

 ASEANにとってのTPP参加の意義は米国とのFTA締結である。ASEAN域内を除くASEANの最大の貿易相手国は中国であるが,米国はASEANの第3位の輸出先(2014年)である。ベトナムでは米国は首位の輸出先となっており,市場としての重要性は依然として大きい。

 ASEANと米国とFTAを結んでいるのはシンガポールのみである。マレーシアは米国とFTA交渉を行っていたが,米国はマレーシアとのFTA交渉の途中からASEANに対して二国間FTAではなくTPP交渉参加を求める方針に変更した。そのため,米国市場で不利になることを避けるために米国とのFTA締結を望むのであればTPP参加が唯一の道となっていた。ベトナムは中国への経済的な依存を低下させることがTPP参加の目的といわれるが,裏返せば米国との経済関係の拡大であり,とくに縫製品の対米輸出の拡大を狙っている。

 TPP参加のメリットが大きいのはベトナムである。World Tariff Profiles2016 によると,ベトナムの非農産品の対米輸出における関税ゼロ品目の比率は,品目ベースでは42.2%41.5%,貿易額ベースでは41.5%である。ベトナムの対米輸出での真水の自由化率は,品目ベースで57.8%,貿易額ベースで58.5%となる。たとえば,インドネシアの対米輸出での関税ゼロ品目の比率は品目ベースで70.7%,貿易額ベースで59.8%であり,TPPに参加しない不利は明らかである。

経済成長を押上げ

 TPPは参加国の経済成長を押し上げる一方で不参加国にはマイナスの影響を及ぼす。ブランダイス大学のペトリ教授らの試算では,TPPのGDP押上げ効果(2030年)は,ベトナムが8.1%と最も大きく,マレーシアが7.6%となる(注2)。一方,タイなどTPPは-0.8%など不参加国は軒並みマイナスとなる。TPP参加国は貿易創出効果により米国などへの輸出が増加するが,不参加国は貿易転換効果の影響を受けるからだ。世界銀行の推計では,TPPのGDP押し上げ効果が最も大きいのはベトナムで10%,続いてマレーシアで8%となっている(注3)。ネガティブな影響はタイが最も大きい。そのため,ASEANからのTPP参加は増えるだろう。

ルール形成に国益を反映

 TPPに早い段階で交渉に参加することは様々な先行利益がある。その一つは,ルール交渉で自国の国益に沿った主張ができることである。マレーシアはブミプトラ政策が国策であり,維持ができなくなると政治的な不安を招くことは確実だった。マレーシアは政府調達をTPPで初めて開放したが,ブミプトラ政策を相当程度維持している。また,政府調達の開放はベトナムの物品・サービスは26年など極めて長い期間をかけることになった。ベトナムは縫製品の原産地規則の例外を認めさせることに成功している。このように途上国の意向が交渉で相当程度認められ,参加のハードルが低くなったこともASEANからのTPP参加を後押しするであろう。

 ASEANのうち4カ国はTPPとRCEPの双方の交渉に参加している。ASEANは広域のFTAに埋没してしまう危険を認識しており,TPP交渉の進展を受けてRCEPを提案した。清水一史教授は,ASEANの経済統合(AEC)を他国に先駆けて進めることにより東アジアの経済統合でのイニシアチブの確保を目指すとしてTPPがASEAN経済統合の深化を加速するとともに参加国が増加すると指摘している(注4)。

 TPPがAECの統合のレベルに影響を与えることも考えられる。AECでは政府調達の開放は全く対象となっていないが,TPPでは政府調達開放は重要な交渉分野である。マレー人優遇政策の維持は認められたが,マレーシアは政府調達の開放を余儀なくされた。ベトナムやマレーシアなど4カ国は域外のTPP交渉参加国には政府調達を開放しているが,TPPに参加していないASEAN諸国には開放していないという捻れた状況が生じてしまうため,ASEANでの政府調達開放を促す可能性が大きい。なお,RCEPでは政府調達を対象とするか検討を行っており,対象分野になる可能性がある。物品の貿易では,ASEAN6のAECの自由化率は99%を超えており,TPPに近いレベルである。TPPでは,ASEANの4カ国は100%自由化を約束しており,ベトナムがAECの自由化率を100%にすることも可能であろう。

 TPPによりASEANが2分されるという見方があるが,前述のとおりTPP参加国は多くの点で有利である一方,不参加国は不利が明らかであり,ASEAN加盟国のTPPへの参加は増加すると考えられる。

[注]
  • (1)「日本経済新聞」2016年2月18日付け朝刊。
  • (2)Peter A. Petri and Michael G. Plummer (2016) , “The Economic Effects of The Trans-Pacific Partnership” Working Paper series WP16-2 Peterson Institute of International Economics
  • (3)World Bank (2015) , Potential Macroeconomic Implication of the Tran-Pacific Partnership
  • (4)清水一史ほか『ASEAN経済共同体の創設と日本』文眞堂,近刊。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article727.html)

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