世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.717

「今頃」,「今更」感のアクティブ・ラーニング

安積敏政

(甲南大学経営学部 教授)

2016.09.19

 民間企業から大学の教員になり来春には10年目を迎えようとしている。しかしながら日本人大学生のキャンパスでの学び方にいまだに違和感がある。勤務先大学と非常勤講師を依頼されている大学において100人〜200人単位の受講生のいる講義室で,講義の途中または講義の最後に「何か質問がありますか」と言うと滅多に質問は出ない。学生にとって質問を出さないことを前提に受講をしているかのようにすら見える。

 この主体性のない現象にいまだに違和感を持つ筆者に対して“長年教えている割には往生際が悪いね”とコメントしてくれる同業者もいる。また“日本なのだから割り切る,割り切る”と親切なアドバイスをくれる国際派の先生方もいるが正直釈然としない。自称「教え方が上手い先生」が多数いる日本の大学では,「何か質問がありますか」という教員の問いに全く質問がでなくても筆者のような違和感は持たないようである。敢えて同業者から嫌われる勇気をもって言えば,「教え方は上手いと自画自賛はできても学ばせ方は下手なのでは」と言いたくなることもある。

 日本で働く外国人教員の中には,「日本の若者のシャイな性格が大勢の前で手を挙げて質問をすることを躊躇させているだけ」と言い,「学習意欲もあり実際は質問を心に抱いているが声を発しないだけ」と慰めてくれる人もいる。確かに全員の前で質問しなくても講義終了直後に筆者の教壇に来て個別に質問を発する学生が毎回2〜3人はいることから全く質問が無いわけではない。筆者としては,この“控えめな”現象は日本国内では許容されてもグローバリゼーションがますます進展する時代には,大勢の前で堂々と自分の意見・質問を開陳できないのは,かなり致命的な欠陥ではないかという危惧がある。

 かつてジェトロ本部からの要請で中国の北京市の清華大学,上海市の復旦大学,杭州市の浙江大学の大学院で経営学の講義をした経験がある。講義当日には“熱烈歓迎”の大きなバナーの飾られた教室で「国際経営」に関する講義を行った。熱気あふれる講義室満杯の受講生からの質問が止まらない。当時としては「なぜ企業経営には経営理念が必要なのか,そんなものは儲けた日本企業の後付けの理念ではないのか」といった素朴な質問から「なぜ中国企業の今後の国際展開では異文化経営が成功のカギとなるのか具体的に教えてほしい」という類の質問まで講義時間が終わっても延々と質問は続く。これは中国の大学で講義した経験のある外国人教員であれば誰もが経験する場面である。この一連の質問は招聘した外国人教員への「サクラの質問」でもなければ,なにか尋ねなければ客人に失礼になるだろうという「配慮の質問」でもない。本当に向学心に燃えた受講生自身が抱く疑問から発せられた自主的な質問であることは言を俟たない。

 この中国の大学での出来事は,中国特有のものではない。過去,シンガポール国立大学やニューヨークのペース大学の学生にも教えたことがあるが,中国同様,質問がかなり出るのである。果たして日本の大学,日本の大学生は特殊なのであろうか。

 民間企業に勤務していた時代のことである。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構・当時名)からの依頼で,15名足らずのアフリカ各国政府からの幹部候補研修生を受け入れた経験がある。半日の質疑応答中心の研修である。このグループは10日間ほどの日程で全国にある主要企業の工場や事業所を見学するのが大半だったが,名古屋のトヨタ自動車と大阪の松下電器(現パナソニック)の2社だけが経営幹部と研修生の質疑応答が中心の研修が組まれていた。NEDOからの希望として出されたテーマは「なぜアジア各国は1970代以降,高い経済成長を達成し,アフリカはなぜできなかったのか」だったと記憶している。日本滞在の研修目的が明確なため,講義を担当した筆者と受講生の間で極めて活発な質疑応答が交わされ,半日のスケジュールでは不十分なほどであった。受講生は発展途上国のアフリカから来たとはいえ,学歴を見ると旧宗主国の英国やフランスにある名門大学留学組が多かった。

 かつて韓国生産性本部の招きで1月の寒い季節にソウル市のミレニアムヒルトンホテルで講演したことがある。韓国財界の「新春CEO経済フォーラム」というタイトルの経済講演会であった。ここでも講演直後には日中韓の政治に関する内容も含めてやはり多数の質問がでた。また,以前インドネシアのジャカルタ市にあるASEAN(東南アジア諸国連合)の本部で,国際機関日本アセアンセンターとASEANの共催によるASEAN10か国の政府代表が出席する会議があった。筆者は日本の電機・自動車・銀行出身の3人のスピーカーの1人を務めた。予想通り講演直後にはミャンマー政府の若手官僚などから質問が多数出た。

 海外においては大学であろうが,企業であろうが,財界であろうが,国際機関であろうが講義・講演直後に質問が全く出ないということは筆者の様々な体験には無い。何らかの目的があって当該会場・教室にいる以上,受講者,参加者,出席者からは必ず質問が出るものである。スピーカーの当方としては予期せぬ質問,辛辣な質問に戸惑うことがないよう集中力が求められる。

 今,日本の各大学ではアクティブ・ラーニングが本格的に導入されようとしている。なぜ「今頃」,「今更」という感もするが,受け身型受講から能動的な受講へ転換を図る刺激喚起型講義方法である。「問題発見」「課題形成」「課題解決」能力の醸成という社会が当たり前に期待する大学講義である。すでに世界の名門ビジネススクールのみならず日本の大手国際企業の幹部職研修では20年以上も前から導入されている研修方式である。少子高齢化の時代を迎え,熾烈な国際競争にさらされている日本で,遅ればせながら大学と民間企業が同じ船に乗った教育方式を採ろうとする時代を迎えている。

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