世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.707
世界経済評論IMPACT No.707

アイスランド,グリーンランド,そして北極圏へ:緑と氷と岩の大自然とイヌイットの人々の暮らし

馬越恵美子

(桜美林大学経済経営学系 教授)

2016.09.05

 南極と北極はどう違うのだろうか? 南を見たのだから今度は北も見てみたい,という単純な好奇心から,今夏は北上することにした。

観光立国アイスランド

 まずはコペンハーゲン経由でアイスランドへ。アイスランド共和国はイギリスの北西に位置する,北海道よりやや大きい程度の島国。人口は33万人で,言語はアイスランド語だが,英語もよく通じる。首都のレイキャビクの第一印象は,カラフルでおしゃれ。町のカフェやレストランも洗練されていて,深夜に町を歩いていても不安を感じない。それでいて合理的なサービスが発達していて,クレジットカードがどこでも使える。町のホットドックスタンドでも国立公園の有料トイレでも! アイスランドは,北米プレートとユーラシアプレートの境の真上に位置し,ユネスコ世界遺産のシングヴェットリル国立公園はこの二つのプレートの境目にあり,海底山脈が地上に露出している。見渡す限り溶岩の崖がそびえ立ち,一面に緑にまばらに覆われた巨大な岩盤が広がっており,地球が動いていることを実感する。

グリーンランドとEU

 レイキャビクの港からクルーズ船に乗り,デンマーク海峡を1日半,5メートルもの荒波にもまれながら航海すると,グリーンランドに着く。グリーンランドは北極海と北大西洋の間にある世界最大の島。その名のとおり,短い夏の間,沿岸部は緑に覆われて草も生え花も咲いている。かつてはデンマークの植民地であり,現在もデンマーク領だが,独自の自治政府が置かれている。グリーンランドの住民は,EUに加盟するデンマーク本国の国籍を持つため,グリーンランド自体はEUに属さないながらも,EUの市民権を自動的に持つことになる。大部分が北極圏に属し,全島の約80%以上は氷床と万年雪に覆われる。巨大なフィヨルドが多く,居住区は沿岸部に限られている。夏でも東京の冬と変わらぬ寒さだが,太陽が輝いているときは日差しが暖かく感じられる。グリーランドの人口は5万人強。公用語はグリーランド語とデンマーク語で,首都はヌーク。住民の大半はイヌイットだが,デンマーク人との混血も多い。

イヌイットの村

 最初に私たちが上陸したのは人口150人のAappilattoq(アッピラトック)という小さな村。下船前に,「スーパーにある物は絶対に買わないこと」という注意があった。この村ではかつては白クマなどの毛皮を売って生計を立てていたが,白クマも少なくなり,毛皮も高く売れなくなったため,国からの補助に頼って生活している貧しい村である。食料は魚やアザラシやトナカイを採って食べるほかは,年数回ほど来る船が届ける物に頼っている。したがって,店の食糧や雑貨は死活品であり,クルーズ船の乗客が気軽に手を出してはいけないのである。笑顔で迎えてくれたイヌイットの住民たちは,モンゴロイド系の顔立ちで,日本人に似ている。赤や黄や青のペンキで塗られた小さな家々を縫って道をたどると,小さな教会があった。そこで,村の聖歌隊が讃美歌や夏を称える歌を数曲歌ってくれた。素朴な音調と表情に心が和み,同じ人間であることを感じた。それと同時に,彼らの日常の生活やその一生はどのようなものかと,思わざるを得なかった。それでも子供連れの夫婦はいかにも幸せそうで,孫を抱っこしてお散歩するおじいさんも穏やかな顔をしていた。

偶然の出会い

 次に訪れた町は人口1,300人のNanortalik(ナノルタリク)。ここには郵便局とお土産屋さんがある。そのレジにいたイヌイットの女性があまりにも英語を上手に話すので,その訳を聞くと,アメリカの高校に留学したことがあると言う。「もしかすると,AFS?」と聞くと,「そうだ」と言う。実は私も夫も,そのAFS(世界的な高校留学機関)で1年アメリカの高校に留学している。あまりの偶然に,お互いに同窓生のような絆を感じ,手を取り合って喜んだ。その翌日は人口3,000人の町,Qaquortoc(カコルトック)へ。久々に乗用車が走っているのを見た。魚市場ではちょうどクジラが揚がってきたところで,町の人々が嬉しそうにその切り身を買っていた。案内してくれたガイドさんに聞くと,なんとここにもポケモンは出没しているそうだ。

社会の格差

 そこからクルーズ船で1日がかりで北上し,いよいよ首都ヌークへ。人口15,000人だけあって,近代的なビルもある。市庁舎と国会議事堂を訪れる。ここで最近まで国会議員をしていたNaaja(ナージャ)という女性の話を聞くことができた。彼女はデンマークとイヌイットのハーフ。グリーランドが直面する数々の問題を教えてくれた。中でも興味深かったのが,社会を分断するdivide。それは我々が想像していたような「デンマーク人の白人と先住民のイヌイット」ではなく,「経済格差」だと言う。イヌイットの中にも裕福な人もいるし,貧しい人もいる。グリーンランドのどこに住むか,教育程度はどうか,デンマーク語も話せるか,これらの要因がグリーランド人の一生を左右するらしい。日本でも大都市と地方との格差は多少あるが,グリーランドの格差に比べたら,微々たるものである。津々浦々,郵便局や病院や学校やコンビニがあるなど,日本人が享受している利便性はここでは想像すらできない。また累進課税の導入に反対する人が多く,所得税率が一律なことも富の偏在を是正できない要因だ。ウランも埋蔵しているが,環境問題を考えるとまだ発掘して輸出するには至っていないという。国際空港を建設しようにも,平らな土地がなく,あったとしても岩盤に覆われていて建設が困難である。またグリーンランドには刑務所がないと聞いた。あまりにも人口が少ないため,罪を犯したとしても,地域社会で更生させないと社会復帰できないからだそうだ。殺人などを犯した場合は,デンマークの刑務所に移送される。

自然と共に生きる

 このように多くの問題を抱えたグリーランドだが,デンマークから高度な自治権を勝ち取り,イヌイット主体の国会があることは,オーストラリアのアボリジニなどとはまったく異なっており,アラスカやカナダのイヌイットに与えるプラスの影響も大きい。圧倒的に美しい大自然と自然に添った生き方を守り抜いてほしいと願わずにいられない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article707.html)

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