世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3277
世界経済評論IMPACT No.3277

モンゴルの厳しい現実と逞しい女性たち

馬越恵美子

(桜美林大学 名誉教授)

2024.01.29

 2024年は甲辰(きのえたつ)。天変地異を含む大きな変化が起こると言われている辰年はその言い伝えのとおり,厳しい幕開けとなった。その前年の夏,筆者ははじめてモンゴルを旅する機会を得た。モンゴルと言えば,いまや大相撲では欠かすことのできない存在となり,また昨年はモンゴルを舞台にしたテレビドラマVIVANTが大人気となった。筆者は以前からどういう訳かモンゴルに親しみを感じ,何か自分のルーツがあるような気がしていたので,今回の訪問は待ちに待った機会となった。

 さて,東京から首都ウランバートルまでは直行便で約5時間という近さ。また,人々の顔も何か昭和の昔を思い出させる懐かしさがある。ウランバートルに到着後,真夜中の便でゴビ砂漠へ向かった。早朝,真っ暗な中に着陸。迎えの車に乗り,小一時間,砂漠の悪路をガタガタと揺れながら宿泊先のゲルに到着し,夜明けを迎える。山も木もない,360度真っ平の地平線に真っ赤な太陽が昇る。息をのむ美しさだ。

 モンゴルのゲルには上中下の三種類のグレードがあり,今回はトイレがゲルの中にある中以上のゲルに宿泊した。丸いテントのゲル,その中はいたってシンプル。ベットが二つ。椅子が二脚,机がひとつ。窓はない。夏なので昼間は暑いが,夜はかなり冷え込むので,簡易な電気ストーブをおいてもらった。

 ゴビ砂漠をドライブし近くの遊牧民の村を尋ねた。女の子のように髪の長い男の子とそのお母さんが出迎えてくれた。モンゴルでは4,5歳くらいまで髪を伸ばしてから,断髪式を行うそうだ。ミルクティーとヨーグルトスティックでもてなしてくれた。このお菓子はものすごく固く,モンゴルの子供たちは甘いものを食べずにこのスティックをかじっているので虫歯はないという。南ゴビは世界ではじめて恐竜の化石が発見されたところ。その博物館も訪ねる。その学芸員の20代の男性に話を聞くと,モンゴルでは誰でも700平米の土地をただでもらえるという。自分も近々,結婚するのでまずはそこにゲルを作って住むという。それが一番安く組み立ても簡単だから。ただ,冬は最低気温がマイナス30℃にもなるモンゴル。さぞかし寒いだろうと聞くと,ものすごく寒いがもう慣れている。お金がたまったら家を作るという。夏でも日が暮れるとゲルは大変冷える。まして厳寒の冬をゲルで過ごすなど想像を絶するが,経済的に余裕がないから,それしかチョイスがないという。でも,いつか日本に留学したいと話す彼の目は希望に満ちていた。

 さて,ウランバートルに戻り,筆者はもうひとつのモンゴルを経験することになった。それは,WCDという世界女性役員の組織のモンゴル支部と日本支部の合同会議である。ウランバートルの中心街にあるハーン銀行はガラス張りのビル。その最上階のコンファレンスルームで会議が行われた。立派な会場で,現れる女性役員たちのなんとファッショナブルなことか! 数日間,ゴビ砂漠でゲルと遊牧民に親しんでいたので,その格差に頭がくらくらした。ハーン銀行はモンゴルの最大手の銀行。その頭取は生え抜きの女性。様々な業種の企業の女性経営陣,女性閣僚・・みな,自信に満ち溢れている。そしてすごくおしゃれで,カラフルなスーツを見事に着こなしている。個別に話をしてみると,子供が複数いる人が大多数で,どの女性も,たとえ大会社の社長であっても,一番の心配事は子供のことだと口をそろえて言う。モビコムという大手通信会社も訪問したが,役員のほとんどが女性であった。モンゴルの社会は完全に男女同権であるという。管理職や役員も同様である。

 モンゴルは地政学的に実に厳しい国である。中国とロシアに挟まれ,いろいろな決定権を握られている。食料は中国に,電力や通信はロシアに・・と。政権の贈収賄も日常茶飯事という。また,寒暖の差が極端に大きく,肉を多食するためか,寿命も長くない。また,ウランバートル市内に火力発電所があり,大気汚染は深刻である。公共交通機関がバスしかないため,車の渋滞がすさまじく,徒歩10分のところが車で20分かかることも少なからずある。駐車場もほとんどないため,道路の脇に重なるように駐車し,車が出せずに喧嘩に至ることもよくあるという。

 人口300万の半分が首都ウランバートルに住むモンゴル。首都とそれ以外の地域の格差は大きく,どこで生まれるかで一生が左右されると言っても過言ではない。

 しかし,どこにいても女性は逞しい。ゲルに住む遊牧民の女性,ウランバートルで企業を経営する女性・・どちらも実に逞しい。そして家族を想う気持ち,家族を大切にしているところは共通している。どちらの人生が幸せかはわからない。それぞれの人生を一所懸命生きている。再訪が楽しみである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3277.html)

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