世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.615
世界経済評論IMPACT No.615

「一帯一路」は「自由と繁栄の弧」のパクリか?

市川 周

(市川アソシエイツ 代表)

2016.03.28

日本のアジア論は対中対峙論

 中国には2021年と2049年という「二つの百年」目標がある。前者は2020年の国内総生産と国民平均所得の双方を2010年比で倍増させ,2021年の「共産党設立100周年」を迎えること。後者は文明・富強・民主・和諧からなる社会主義現代化国家を「中華人民共和国設立100周年」に当たる2049年に達成するというもの。この過程で「中華民族の復興」が具現化していくことになるが,それは又日本がアジアの中で如何にして巨大中国の風圧に耐えていくかという地政学的課題の深刻化を意味する。

 近代日本のアジア論の系譜の実体は極論すれば対中対峙論であった。先ずは福沢諭吉の『脱亜論』(1885年)であるが,これは「亜細亜」から脱するものと解釈すべきではない。福沢が否定し克服を主張したかったのは冊封体制という中国王朝を頂点とした旧来の亜細亜秩序であった。中国の存在を相対化する中でアジアにおける日本の主体性や自立性を追求する発想は,「アジアは一つ(Asia is one.)」という冒頭の一行で始まる岡倉天心の『東洋の理想』(1903年)まで拡大する。ここではインド・中国・日本という文明・芸術の大海原が広がっている。

「大東亜」のトラウマ脱皮を目指した「環太平洋」

 但し,相対化された秩序空間には必ず新たな覇権闘争力学が生まれてくる。「アジアは一つ」の盟主を目指した日本がぶち上げた『大東亜共同宣言』(1943年)は,その絶望的な大破局により今もって,日本人のアジア論におけるトラウマとなっている。戦後,日本のアジア構想論は影を潜めるが,一つの突破口を目指したのが大平正芳元首相による『環太平洋連帯構想』(1978年)であった。メンバー構成は日本と日本が最初に呼びかけたアジア域内の白人国家豪州,それに米国,カナダが加わりアジアからは韓国とASEANが想定されているが,日本のアジア論の最大テーマである中国は等閑視され,「アジアは一つ」の視野に入っているインドも入ってない。本構想は1989年にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)という太平洋を囲む一大地域協議体に発展し,中国のみならずロシアまで入ってくることになるが,オリジナル提案者たる日本の影は薄くなっていった。

孤立する「日本文明」

 90年代に入って,世界経済における中国の存在が日増しに高まって来る中で,欧米の学者やジャーナリズムから21世紀アジアの盟主は日本ではなく中国であると指摘する発言が目立つようになる。米誌「フォーリン・アフェアーズ」(1993年夏号)に掲載されたハンチントン論文『文明の衝突』はとりわけ衝撃的であった。ハンチントンは世界文明を中華・ヒンドゥー・イスラム・東方正教会・西欧・ラテンアメリカ・アフリカ・日本の8大文明に分類し,中国を盟主とする中華文明が原点としての儒教文明と華人経済圏パワーで東アジアをまとめ上げていくと見る。一方,単一民族,単一国家により営まれている日本文明は8大文明の中では異色な「孤立文明」であり,中国との東アジアにおける盟主競争なぞありえないとばかり決めつける。

ユーラシアを巡る日中間競争

 この辺りから日本のアジア論構想力は袋小路に入った感があるが,この閉塞感を期せずして破ったのが2006年,安倍第一次内閣が打ち出した「自由と繁栄の弧」構想である。外務省の説明は,「自由主義,民主主主義,基本的人権,法の支配,市場経済といった普遍的価値を共有する地域・国家と連携していく“価値観外交”」と理屈っぽいが,要は「北欧諸国から始まって,バルト諸国,中・東欧,中央アジア・コーカサス,中東,インド亜大陸,さらに東南アジアを通って北東アジアから日本列島につながる」というユーラシア大陸の外縁に位置するバルト海,地中海,紅海,アラビア海,ベンガル湾,南・東シナ海そして日本海に沿った地政学的一大外交フロンティア構想だ。

 この構想では巧妙に中国が外されているが,内実は対中包囲網なんてものではなく,中国との競争的共存を続けざるを得ない日本の巨大な風穴戦略であろう。当然,中国は対抗戦略を打ち出して来る。それが,2014年,習近平国家主席が提唱した「一帯一路」構想である。「一帯」とは中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」であり,「一路」とは中国沿岸部かあら東南アジア,インド,アラビア半島の沿岸部,アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海上シルクロード」ということのようだが,どうも「自由と繁栄の弧」構想に対するパクリに見えてならない。どっちがホンモノか? 有言実行で勝負をつけるしかない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article615.html)

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