世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
稼げない国は守れない:防衛論義で国民所得凋落を語らない不思議
(一橋総合研究所 CEO・白馬会議運営委員会事務局 代表)
2026.01.19
高市政権になって日本の安全保障論議はアメリカからの「期待」というより「要求」を背景に「防衛費をGDP比2%に」「いや将来的には3%,5%も不可避ではないか」といった数値目標を巡る議論が妙に現実化して来た。台湾有事,ウクライナ戦争,ベネズエラ大統領拉致等々――国際情勢を見渡せば,こうした声が高まるのも無理からぬ面はある。しかし,ここで一度立ち止まって考える必要がある。日本の国富すなわち経済国力で,どれだけ防衛費を支えることが出来るのかという最も根本的な問いである。
日本のGDPは1968年,池田勇人政権の「所得倍増計画」の奇跡的大驀進によりアメリカに次ぐ世界2位に躍り出た。それから40年以上「経済超大国」の地位を維持して来たが,2010年に中国に抜かれ,2023年にはドイツに追い越され,昨年にはインドにも抜かれ5位へ,背後には英国,フランスが迫っている。一方,一人当たりGDPはかつて世界のトップ水準にあったが,現在では40位前後にまで後退している。実質賃金は長期にわたり停滞し,家計実質消費は10年前の2014年1~3月の310兆円をピークにその後は一度も上回らず国民生活の実感は「豊かさ」よりも「貧困化の不安」に傾く。この国民経済状況のまま,防衛費の“数字”だけを積み上げていくことは,本当に持続可能なのだろうか。結論を先に言えば,国防は経済の関数である。稼げない国は守れない。
アメリカの要求とは勿論,日米安全保障条約を前提とするものだが,同第5条で「各締約国は,日本国の施政の下にある領域における,いずれか一方に対する武力攻撃が,自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め,自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」としており,日本の軍事行動は日本領土内での対処のみであり,アメリカの世界戦略全体を日本が協力することを義務づけた条文ではない。ところが現実には,防衛費の増額や装備調達を通じて,日本が米国の戦略的負担を拡大して引き受ける構図が半ば自明の理として語られているところに議論の歪みがある。その最たるものが高市首相の台湾有事発言であるが日米安保の義理立てで自衛隊が動く理由はどこにもない。
歴史を振り返れば明らかなように,強い国防を維持してきた国家は例外なく,強い経済基盤を持っていた。軍事力は独立した存在ではなく,産業力,技術力,財政力,人的資本等の総体としての国力の上に成立する。「富国強兵」は日本人にとって日清・日露戦争時代のノスタルジーを誘う言葉だが依然,真理である。その意味で,今日の日本にとって最大の安全保障課題は国民が稼ぐ力を失いつつある,つまり富国でなくなりつつあるという現実だ。
防衛費GDP比2%論争は,いわば「家計が赤字なのに,保険料だけを引き上げる」議論に似ている。必要なのはまず家計そのものを立て直すことであり,それなしに持続可能な防衛などあり得ない。では,何をなすべきか。鍵となるのは,国家として稼ぐ力をつくる「富国強兵」策の原点に立ち戻ることだ。経済国力を回復させ,その上で防衛を論じる。この順番を忘れてはいけない。
アメリカとの関係もいきなり同盟を否定する必要はない。しかし,同盟は追従であってはならない。経済力に見合わない無制限の負担を引き受け続けることは,長期的には同盟そのものを不安定化させる。日本は台湾有事論者が想定するような米国のための軍事的前線国家ではない。自らの経済・技術・外交・軍事力を持って同盟国として存在する独立国家である。敗戦から80年。日本は平和国家として歩んできたが,その一方で,経済国力の低下という新たな脆弱性を抱え込んでいる。いま必要なのは,「不安を煽る国防論」ではない。経済を立て直すことこそ最大の国防であるという,冷静で現実的な国家戦略である。稼げる日本を取り戻す。そこから,守れる日本が始まる。
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