世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4248
世界経済評論IMPACT No.4248

イノベイティブでなくなった日本の製造業:失われた30数年の間,何をしていたのか

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2026.03.09

 「失われた30年,下手をすると,それが40年にもなりかねない」。

 そんな恐れが世間で流布され始めて既に数年,この間,マスコミ紙上では,日本の製造業(主に家電や自動車なの組み立て型)の地盤沈下に警鐘を鳴らす報道が,折に触れ為され続けてきた。

 例えば,2020年12月21日付けの日本経済新聞が掲載した,“市場が映し出す企業の浮沈”と題する論説では「株価純資産倍率(PBR)が大きい程,成長期待は大きい…。逆に,その比率が1を切れば,株主価値が将来にわたって破壊されると市場が判断する」,「この尺度で経団連所属の大手企業19社(当時)の平均PBRを見ると,0.75倍…。個別企業毎に見ても,比率が2倍超の銘柄はなく日本の大手企業は総じて古く,成長力に欠ける…」と指摘している。これに対し「米国のダウ構成銘柄は,戦後生まれの企業が過半を占め,極めて新鮮で,PBRも高い…」。こうした日米主力企業の対比は否応なく,「日本の産業構造の中での,新旧企業間の新陳代謝の不足が浮き彫りになる…」と強調していた。

 亦,同紙2023年9月5日付けの記事“日本勢,成長の芽を掴めず”でも,「世界市場に於ける,主要商品・サービス・シェアー調査で見ると,日本企業の首位は69品目中6品目に留まり…他の63分野では,嘗てと比べると,日本企業が大幅に順位を落としている。そんな中でも,とりわけ成長市場でのシェア―低下が目立ち,存在感を示せていない…」と警鐘を鳴らした。

 更に,直近の同紙“円安是正と株高両立の条件”(2026年2月21日付け)でも,「日本の上場企業の多くは海外で活躍し,故に,利益の本国送金などによって,円安が収益を押し上げる構図が出来上がり,2006年以降,円安になると日本株はあがる『負』の相関関係が出来上がっていた…,しかし近年は,事情が急変している」と警戒感を示す。急変の理由は,上記のように,日本企業の製品自体が,海外マーケットで地場製品や中国製品等に押され,市場シェア―を落としているからだと…」。そして,「日本の製造業が今後,付加価値の高い技術を開発し続け,そうした分野で覇権を握る地位を築けるかどうか」が勝負だとして,現在は嘗てと違って状況が一変,円安の是正と株高両立の条件を模索する段階に入っている」と指摘する。

 また同紙の“日本車,東南アジア販売2割減”(2026年2月18日付け)も,「東南アジアで,日本車のシェア低下が止まらない…。2025年は主要6か国の全てで前年実績を下回った。割安な中国や現地新興のメーカーが生産する車に顧客が流れ,日本勢が収益源としてきた牙城が揺らいでいる…」といった趣旨。恐らく事情は,自動車以外の日本製品でも同じだろう。

 日本の製造業は,何故,かくも国際市場で地盤沈下して,これほど勢いを失ってしまったのか。私見では,その主因はプラザ合意以降の1980年代に日本経済が被った経済環境激変への個々の企業の対応が,従来思考の延長線上に留まったままだったこと…。従来通りの商品作りを継続するために,挙ってアジアなどの新天地(生産基地)に出張って行き,新しい経済環境下,日本国内で第二の起業をする覚悟で,新商品開発に傾注しなかったことにこそ,今日の製造業低迷のルーツがあるのではないかと考える。

 プラザ合意により円の価値は大幅に切り上げられ,日本の官民挙げての関心は,先ずは大幅円高が齎す輸出減・輸入増への対応やそれに伴う輸入インフレ対策,延いては国内不況への対処,更には,攻めの円高対応としての海外投資の促進,そしてそれらを担わねばならない個別企業への支援策導入(含む投資減税)等などに向けられた。結局,各分野の主要製造業企業は,押しなべて同じ戦略を取るに至った。それは日本国内にそれ迄に構築してきていた,自社のサプライ・チェーンを,そっくりそのまま中国やアジアに持ち出して(下請け企業等を国外に随伴して)整備することだった。具体的にそれらの展開を年代別に見ると…,

1980年代後半:

 ①急激な円高に対応するための海外進出,②国内のバブルを活用する形での,製品輸出から内需へのマーケット転換,③何らかの形で不動産を絡める企業資産増強等など。

1990年代のバブル崩壊期以降:

 ①自社の生産ネットワークそのものを,構成企業もろとも,中国や東南アジア市場に全面的に新設・移設する(地産地消)。②日本的経営方式を中国やアジアでも本格展開,③国内のバブル経済破綻後は,それまでに生産を移転させていたアジアや北米を,より明確に第二の国内市場と見据え直すとともに,併せて,主要な輸出拠点とも位置付け直す等々。

2000年代:

 ①海外生産と部材輸出を組み合わせて,新たな新興国市場を開拓する方向が示され,②製造ネットワークの海外拡張の必要資金を金融グローバル化に乗じて全世界から調達するようになった。

リーマンショック後の2010年代以降:

 ①日本からの輸出の太宗は,完成品ではなく部材や装置類となり,②当該企業の完成品は海外子会社で組み立て第3国に輸出する体制が主流となった。亦,③日本の親企業収益に占める海外子会社からの収益寄与が大きくなり,それまでの円安から本社が裨益するメカニズムも,円安→輸出増のルートから,円安→海外子会社が稼いだお金を親会社が吸い上げ,以て親の収益増とする方式に切り替わった。具体的には,2024年の経済産業省試算では,日本の製造業の収益は,全体として当時,輸出で10兆円,海外事業からの配当や技術支援料名目での還流金が10兆円,合計20兆円もあったとのこと。

 このように,大手組み立て製造企業はサプライチェーン・ネットワークを海外,とりわけ中国やアジアに持ち出した。それ故に,投資はもっぱら海外で為され,国内市場では需要が低迷し,90年代以降は,本社工場の生産性も伸び悩む事態となった。

 つまり,90年代以降は,海外拠点工場群が生産性成長の柱となり日本国内では,生産性引き上げに向けた努力(投資増に向けた動き)は余り払われなくなった。国内マーケットに投入される新製品の数も少なくなり,国内下請け中小企業のパーフォーマンス改善も亦,殆どなくなってしまう。こうなってしまうと,日本国内での投資機会は益々減って行く。日本のとある「工業会」では,国内の生産設備の老朽化の話がよく出るという。それによれば,生産設備の3台の内2台が,10年以上経過した設備だという。理屈上では,設備更新となるのだが,そのためのコストで競争力が落ちるとの計算から,設備投資が見合されるようなケースも間々あるという。一方,中国などでは,スマホなどが新機種に代わる度,生産ラインが見直されるという。極端な譬えだが,そんな生産ライン新設組と,日本の10年以上経た老朽設備組とが競争しても,勝敗は既に戦う前から明らかではないのか。

 かくして,90年代以降の“失われた30年”を,経済産業省の「産業政策新機軸部会の整理レポート」は以下のように要約する。「日本の企業経営では雇用維持が重視され,全体として,企業は既存事業のコスト・カットと海外投資に注力し,国内投資は大きく停滞,新事業創出に向けての国内での大胆な投資は行われなかった。その結果,大企業の経常利益はこの30年間で大きく上昇しているが,その内実を見れば,国内での売り上げは横ばいであり,国内でのデフレの影響による売り上げ原価の縮小による利益の増加と,海外収益の増加が,この間の利益増の主要因であった…。雇用維持が重視されたため,失業率は低水準に保たれたが,その一方では,平均賃金は30年間,ほぼ横ばいのまま推移,それに伴い個人消費も低迷を続けざるをえなかった…」。

 ここで,私見を続けよう。

 一方では,失われた30年数年の間に,成長を知らない世代が社会の主流を構成するようになった。そうなると,社会の中での働き方への姿勢や人々の経済的欲求の質等が,大きく変貌してしまう。言い換えると,物質的充足に余り大きな意味を見出せなくなり,社会全体に「物的欲望の飽和」状態が現出するようになる。直近の日本で,若者の自動車保有熱が薄れ,推し活がブームとなる等,消費の対象が“モノからコト”へと変化していっている状況は,或る意味での,“物的欲望枯渇”の表れと理解すべきなのだ。

 生産面での投資意欲の喪失と,消費面での物的欲求の喪失の二つ。これでは,経済,延いては製造業は,成長のしようがないではないか…。社会における,この生産・消費両面での“抑制”を取り除き,社会に再び物的(サービスを含む)欲求を創出し直すことこそが,日本経済再生の肝となる。では,そのためには何をすればいいのか。キーワードは,「イノベーション」の一語に尽きる。

 経済学の世界で,「人々の欲望が枯渇してしまうことはない」と言い放ったのは,J・A.・シュンペーターだった。彼は,その断言の根拠に,「イノベーション」を挙げ,「我々が想像すら出来なかったような,新しいモノが必ず生み出され,それが人々の欲望を更に増殖させるのだ」と説いた。そして,新しい欲望を刺激する商品群を作り出すのが,特別の能力を有する“企業家”なのだと…。しかし,失われた30年の間,日本では状況を一変させる破壊的イノベーションは起こらなかった。何故か。

 著作「イノベーションのジレンマ」で有名なハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリスチャンセン教授は,「最初は既存製品に劣り,新市場でしか通用しない技術が,やがて既存市場で業界リーダーを脅かすようになるのは何故であろうか」と問い続けた。出した答えは,「大手企業は顧客の意見に耳を傾けすぎるから」という意外なものだった。同教授は指摘した。「破壊的技術は,大手企業の顧客たちが重視している価値や特性といった尺度だけからみると,性能はむしろ劣っている場合が多い。だから,既存顧客の意向を重視する大手企業ほど,そうした新技術を取り入れようとしない。それが破壊的新技術であっても,活用されるのは,文字通りの新しい市場や用途に使われるに過ぎない。だが,そうこうしている内に,そうした技術の新たな用途の価値が認められるや事情は一変する。アッという間に,新市場が形成され,その速度の速さ故,伝統的な大手企業が気付いて当該新技術を吸収しようとしても,『時すでにtoo late』となるのだ」と…。

 ここで同教授が問題視しているのは,大手企業の過去の成功体験が却って邪魔をするという事実だろう。既存の大企業は,眼前の顧客ニーズに努めて対応する習性が強く,その意味で,過去の成功体験が組織を縛る傾向がある。「顧客の間で既に通用している既存技術があるが故,新技術や利益率の低い案件には資源を割く誘因が湧かないのだ」。

 80年代から90年代,日米通商摩擦が激しかった頃,筆者も折に触れ,日本の対米情報発信の一環として,米国の製造企業よりも日本の製造企業の方が,工場管理から労働者の意識,さらには生産プロセスの練度の高さ等々で優れていたと,米国内で広報し廻ったことがある。しかし,日本の製造業の,80年代以降の低迷の歴史を振り返ると,こうした当時の日本企業のやり方自体が,「従来のやり方にしか,他に発展の途はない」との思い込み故であったのではないかと,クリスチャンセン教授のイノベーション論などを読み返す内に,反省するようになった。

 クリスチャンセン教授は亦,「立ち上がり時期には,利益率の低さ故に,大企業組織での対応には困難が伴う」と指摘する。では,そんな既存優良大企業の経営者が,もし仮に,将来の破壊的技術の市場を掘り当てたいと思ったら,どうすれば良いか…。同教授は,その質問への回答も用意していた。それは,「資本関係の有無はどうであれ,自社から独立したスタートアップ企業に実験させればよい」のだと。ハングリー精神旺盛な小組織であれば,仮に失敗してもへこたれず,嘗て若かりし頃のリンカーンが言った言葉“Try, Try, Try Until Succeed”を実践するだろうと…。

 以上のように,イノベーションの効用を紐解いて行けば,実は今の日本にも,破壊的イノベーションを開花させる準備が,既に用意されているようにも見えてくる。

 例えば,最近の関税摩擦絡みでの日米共同プロジェクト構想。その中で取り挙げる各種共同プロジェクトの中にも,上手く交渉すれば,将来の破壊的革新技術を両国が共同開発・共同商業化することに繋がるケースも多々あるのではないか(例えば人工ダイヤモンド生産技術の洗練化やその商業化等など)…。

 直近の日本経済新聞に,「企業の稼ぎ『日本還流』鈍く」(2026年2月10日)との記事が載っている。それには,「財務省の発表によると,2025年に日本企業が海外事業で得た稼ぎは26兆円と過去最高を更新した半面,国内本社に還流せず海外に留まった額が4割強に上り,海外子会社が内部留保として蓄える「再投資収益は11兆3425億円に上った…」とある。

 こうした記事は,日本の製造企業が,国内で手厚く内部留保を積み,且つ海外子会社でも,投資名目で手許に多額の内部留保を有している,そんな現実を明白にしている。要は,本来は投資主体たるべき企業が,国内・海外を合算して,今や恒常的に巨大な貯蓄主体化しているのだ。

 高市総理が,企業の内部留保を当てにして,且つ,日米共同開発プロジェクトなどのフレームを使い,そうしたフレームの中で,破壊的イノベーションの開発・促進を軸に,個別企業に国内向け投資を強いる方向に政策の舵を取ろうとしてくれたら…。そんな,確かな標的を視中に入れた政策を取ってくれたら…。

 経済衰退の風の中,最近の筆者は,日本の製造業の長期低迷に心を病んで,「枯野に夢を駆け巡らせた」松尾芭蕉の心境にならざるを得ない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4248.html)

関連記事

鷲尾友春

最新のコラム