世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4238
世界経済評論IMPACT No.4238

株式上場への企業の戦略的意思決定:主幹事のガバナンスとコンプライアンス

梶浦雅已

(愛知学院大学 客員教授)

2026.03.02

 新規株式公開(IPO)および上場維持で企業と綿密に関わるのが証券会社である。制度として企業は主幹事証券会社との関係が始まり,上場後もその関係は継続されていく。拙稿「株式上場への企業の戦略的意思決定:株式市場がもたらす所与としての上場リスク」(本コラムNo.4198)でも記述したように,企業の主幹事証券会社に対する不満は少なくない。

 日本では主幹事証券会社の義務は,金融商品取引法虚偽記載責任(21条・22条)と取引所規則(上場審査基準)を根拠とするデューデリジェンスの注意義務でしかない。日本の制度,法律からみれば,後述する米国のそれよりもずっと緩くてハードルは低い構成でしかない。注意義務の範囲は,①財務・会計の実在性確認,②監査法人交代の場合の合理性確認,③経営に不正リスクがないかの評価,の3点である。

 日本の株式市場の歴史を紐解いてみると,株式市場における主幹事証券会社の役割は変遷してきた。主幹事制度は,戦後の証券市場再建から始まり,証券会社主導の審査慣行へと進み,取引所規則の整備を経て,2000年以降は金融市場のグローバル化に対応するために国際基準への適合化を進めつつ,2020年以降は透明性強化,競争政策強化へ注力し,現在までに公正取引委員会の介入も始まっている。もはや注意義務違反というような緩い縛りでは許容されない局面にきている。その契機となったのは,FOI事件(最高裁判決2020年12月22日)である。この事件は,半導体製造装置メーカーの株式会社エフオーアイが売上高の約97%が架空計上された粉飾であったにもかかわらず,2009年に東証マザーズへ上場できてしまった事件である。主幹事はみずほ証券であり,粉飾を指摘する投書を受領していながら,信ぴょう性が低いとし,ずさんな審査を経て上場手続きを押し通した。裁判では,みずほ証券の損害賠償責任を認めた最高裁判決が出されている。しかし司法でデューデリジェンスの注意義務を問われた事例はこれ以外に1件しか確認できない。

 東証は,実態として企業の不正会計事例が多いことから,主幹事証券会社・監査法人・取引所の三者が協働して不正を防止すべきと提言している。だが,証券会社は株式市場に関わる職務の担い手でありガバナンスとコンプライアンスを強く求められる立場であるにもかかわらず,繰り返し不公正取引などを引き起こしてきた。例えば,IPOに携わる主幹事を務めるような大手証券会社による相場操縦,SBI証券のIPO初値つり上げ,業界でIPOの主幹事経験数を誇る三田証券の元役員が金融商品取引法違反(インサイダー取引)容疑者として逮捕される事件が報道されている(参考資料1)。ここ数年,金融・証券業界の関係者が不公正取引に関与する事案が発覚している(参考資料2)。

 また2014年末に東京証券取引所1部に上場したスマホ用ゲーム会社gumiが,直後に業績予想を大幅に下方修正したために株価が急落し,IPO相場全体に悪影響を与えた。これについては,東証が企業の成長性調査の判断は主幹事証券会社に委任する方針を出したために上場企業数は増加したが,一方で主幹事証券会社,監査法人の指導,審査が杜撰になったとの指摘がある(参考資料3)。

 証券会社は営利と審査を兼ねる私企業ではあるが,中立厳正であるべき主幹事を担うにもかかわらず,利益相反を内在する基本構造を持つ。主幹事証券は,複数の利害関係者に同時に仕える構造を持つため,制度的に利益相反が発生しやすい。また証券会社内で高く売りたい引受部門と安く買いたいリテール部門が共存していることも,利益相反を起こす潜在性を抱えることとなる。

 日本と異なり米国の法制度では主幹事の法的責任は重い。こうした法制度設計は証券会社と企業の起こす法令違反を抑制している。Securities Act of 1933(1933年証券法)Section11に則った制度下で,厳格に健全性が維持されている。具体的には,登録届出書(S-1)に虚偽記載があれば無過失責任が適用され,投資家は虚偽記載だけでも主幹事を訴え,投資家側はその過失を立証する必要はない。主幹事側はデューデリジェンス・ディフェンス(適切な調査)を尽くしたのかを客観的に証明しなければならない。一方で日本市場は米国市場とは異なり,法制度の緩さや市場内行為主体のガバナンスとコンプライアンスに課題を抱えている。

 株式上場自体は企業に義務付けられているわけでもなく,参入も退出も自由である。メリットが減りリスクが多くなれば,企業は初めから上場を回避したり非上場化したりできる選択的制度にすぎない。上場リスクは,主幹事のガバナンスとコンプライアンスの欠如によって一層助長されているのかもしれない。実際に,野心的で志ある企業は不都合な株式市場から離脱し始めている。

[参考資料]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4238.html)

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