世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
デジタル赤字と日本の産業競争力の行方
((株)東レ経営研究所産業経済調査部長 チーフエコノミスト)
2026.02.23
悲観シナリオでは2035年のデジタル赤字が28兆円に
2025年(暦年)の日本の国際収支統計(速報)が発表された。経常収支は31.9兆円の黒字と2年連続の過去最高更新となった。海外投資に伴う利子や配当等を含む第1次所得収支が40兆円を超える一方,貿易赤字は0.8兆円まで縮小したことが大きい。筆者が注目するのは,日本企業のデジタル化やDXの進展に伴う関連サービス取引の収支,いわゆるデジタル関連収支である。これは著作権等使用料,通信・コンピュータ・情報サービス,専門・経営コンサルティングサービスに係る取引で構成される。直近統計では,同収支は6.7兆円の赤字を記録している。経済産業省が25年に公表した「デジタル経済レポート」によると,日本企業のデジタルサービスの海外依存が進むにつれてデジタル赤字が拡大し,悲観シナリオでは2035年に28兆円に達すると試算した。
なお,筆者はデジタル赤字を一概に悪とみなすべきだと考えない。海外のデジタル関連基盤サービスを利用することはスピードや安定性などの観点から企業にとって合理的である。しかし,こうした支払いが恒常化し増大する一方で,企業が同等以上の付加価値を稼げなければ,収益は低下して投資余力はやせ細る。また,デジタル基盤を握る海外勢に価格や仕様等の変更を主導されることは,経営判断の裁量を狭める。デジタル赤字は,デジタル輸出や知財収入など日本企業のデータ価値の事業化が不十分であることをも示唆する。
日本企業のDXは効率化に力点
次に日本企業のDXへの取り組みを確認したい。日本企業はDXを着実に進めてきた。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」では,日本企業のDX取り組み状況は調査企業の8割弱まで拡大しており,これは米国企業に比肩し,ドイツ企業を上回る。
ただし,成果はなお道半ばである。調査企業の6割超は業務効率化など社内(内向き)では成果を上げたとしている一方,新規製品・サービス創出など顧客・市場(外向き)で成果を実感している企業は3割弱にとどまる。対照的に米独では8割の企業が内外両面で成果を上げたとしている。したがって,日本企業はデータの価値を企業価値へ持続的に変換するプロセスを十分組み込めていないといえる。
デジタル赤字は日本経済の警告灯
こうしてみると,日本企業のDXは分岐点にある。内向きDXをこのまま進めれば進めるほど,クラウドやSaaS(Software as a Service)に限らず,開発ツールの利用料や外部委託費など,デジタル関連の経常費用も増える。外向きDXが弱いままでは,支払いだけが先行し,デジタル赤字の拡大を招く。効率化中心の内向きDXに偏重すれば,付加価値の源泉が国外に流出しやすくなり,企業変革も停滞しかねない。この懸念は競争力の高い自動車産業でも指摘が強まっている。同産業では製品価値に占めるソフトウェアの割合が増大していて車両の売り切りモデルは早晩行き詰まるとの見方がある。
日本企業は,顧客価値を重視する外向きのDXへ経営の重心を移し,データとAIを製品・サービスの差別化に直結させねばならない。またアーキテクチャ設計とデータの設計,そして重要領域の中核開発力を自前で担う必要がある。政策面では,基盤投資,人材育成,標準化・相互運用性を統合して「作る・使う・稼ぐ」の利潤が国外に流出しない市場設計を目指すべきだろう。
デジタル赤字は単なる支払い超過ではなく,日本の貿易構造と産業競争力の問題点を示す警告灯である。DXが内向きのままなら,企業変革は限定的にとどまり,日本経済の本格回復は遠のく。ソフトウェアやデータが付加価値の源泉となる現在,日本の内向きDXを「外向きの稼ぐDX」へ転換できるかが問われている。
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