世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4133
世界経済評論IMPACT No.4133

今後の世界の脱炭素の行方:米国の分裂が世界の取り組みを減速させる可能性も

福田佳之

((株)東レ経営研究所産業経済調査部長 チーフエコノミスト)

2025.12.22

COP30では「適応」も議論

 最近手掛けた米国の環境・エネルギー関連の調査であらためて確認できた点がある。2025年国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)では脱炭素を進める議論が減速したと評価される場面が見られた。欧州では「クリーン産業ディール」を発表してこれまでの脱炭素一本やりから,規制の簡素化やエネルギーコスト低減,サプライチェーン強化などを打ち出し,産業競争力への配慮を強めている。一方,中国は脱炭素化の歩みを着々と進めており,太陽光・風力・EV・蓄電池等で世界的な影響力を高めている。肝心の米国は,第2次トランプ政権による一つの大きな美しい法(OBBBA)の制定で,バイデン政権の脱炭素政策を大転換させた。また温室効果ガスの危険認定撤回の提案もされている。とはいえ,国内の州政府の中には,脱炭素を進めて連邦政府と対立するなど米国内の脱炭素の政策動向はばらつきが大きい。こうした米国の動きに引きずられるように世界の脱炭素の取り組みは少なくとも2030年ごろまで遅れる可能性がある。

米国エネルギー関連産業は輸出需要に左右

 いわゆる「化石燃料回帰」とも捉えられる連邦レベルの政策転換によって,米国内のエネルギー生産・消費構造がどの程度変化するのかが注目される。もっとも,足元の状況では,エネルギー消費は省エネの進展等もあって概ね横ばいで推移している。一方,生産面では,シェール資源に由来する原油や天然ガスと再生可能エネルギーの増加が顕著な反面,石炭生産は低下しており,その結果,米国内のCO2排出は中長期的には低下傾向で推移してきた。

 燃料別に見ると,原油の生産・消費は上述のエネルギー全体と同様の傾向であり,増産分の一部は輸出に回されている。輸出はロシアのウクライナ侵攻と対ロ制裁の影響で欧州向けを中心に堅調である。短期的な見通しについては,原油市場の供給過剰感から米国生産は一時的に低下する恐れがある。天然ガスの国内消費は横ばいだが,生産は液化天然ガス(LNG)輸出がけん引して増えており,短期的にも緩やかな増加が見込まれる。LNG輸出はウクライナ侵攻以降,欧州向けが拡大しており,米国では今後2029年にかけて輸出能力が大幅に増強され,最大2.2億トン規模に到達するとの予測がある。ただし,この増強が計画通り進むかどうかは,国内の資材・人手不足や地政学的リスクや許認可の動向,そして,ポスト・ロシアウクライナ戦争の局面で,ロシア産天然ガスやLNGが欧州市場に再出荷されるリスクもあり,需給見通しには不確実性が残る。

米国企業も様子見姿勢

 米国は原油や天然ガス生産に伴って得られる天然ガス液(NGL)や液化石油ガス(LPG)の生産・輸出でも世界有数である。これらを原料とした石油化学製品についてエチレンを中心に国際競争力の高い生産・輸出体制を有する。実際,中国のポリエチレン輸入市場でも米国産が一定のシェアを占める。ただし,今後,中国国内でエチレンなどの供給能力が増強されれば,輸出環境は厳しさを増すだろう。

 総じて,米国のエネルギー消費は,国内では大きく増える状況になく,生産も不透明な海外需要に左右される。こうした中で,トランプ政権の政策が,脱炭素化の流れが止まり,「化石燃料回帰」につながるとは断言できない。実際,2025年12月に発表した米国石油メジャーのExxonMobilの低炭素排出の投資計画は5年間で200億ドルと前年計画から100億ドル引き下げたが,依然として低炭素排出にはコミットメントを維持している。いずれにせよ,米国の脱炭素についての不確実性が高い状況がいつまで続くのか。世界の脱炭素の行方を握る米国連邦政府・州政府,および主要エネルギー企業の動向に注視する必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4133.html)

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